コロナウイルスの世界の中、神はどこにいるのか? オックスフォード大教授インタビュー

2020年5月11日19時10分 印刷
+コロナウイルスの世界の中、神はどこにいるのか? オックスフォード大教授インタビュー
オックスフォード大学のジョン・レノックス教授

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)により、不安定、恐怖、苦難が引き起こされている中、多くの人は「神はどこにいるのか?」と戸惑っているかもしれない。オックスフォード大学で教授として教鞭を執る数学者、ジョン・レノックス氏がこのほど、まさにこの問いに答えようとする書籍『コロナウイルスの世界の中、神はどこにいるのか?』(英語)を出版した。

レノックス氏は同書で、愛である神が、なぜ新型コロナウイルスのような存在を許されたのか、また、このパンデミックのただ中で神はどこにいるのかについて、読者が理解できるよう助けの手を差し伸べている。

英国クリスチャントゥデイとのインタビューでは、パンデミックに対する自身の見解を述べつつ、なぜこれらの問いに対する分かりやすい答えがないのか、しかしそれでも神を信じ続ける多くの理由があることについて語った。

――神と新型コロナウイルスという、答えるのが非常に難しい大きな問いについて本を書こうと思ったきっかけは何ですか?

それは、私が数学者であり、指数関数的増加についてあることを知っているからです。ウイルスが世界中に非常に速く拡散したため、人々が非常に不安になり、怖がっているのを目の当たりにしました。人々が(今の状況に対する)単純過ぎる答えから脱することができるよう、助けになるようなものを書くことで、おそらく私も小さな貢献ができるだろうと感じたのです。

――この本が提示する問いは、とても複雑なものです。本当に難しい主題を深く掘り下げる代わりに、単純過ぎる答えや扇情的な言葉を探し求めることは、クリスチャンとして非難に値すると思いますか?

はい。痛みと悪の問題については簡単な答えはありません。悪というのは、道徳悪、つまり人が互いに対して行う悪いこと、そして、津波や地震、ウイルスなどの自然悪がありますが、悪というのは最も難しい問題であり、どんな世界観を持つかにかかわらず、私たち皆が向き合わなければならないものです。簡単な一文で表現できる答えを見いだそうと考えるより、自分たちの道を徐々に見いだしていかなければなりません。

――苦難と痛みについての問いは、とても大きなものです。なぜ神が、新型コロナウイルスのパンデミックのような存在を許したのかについて何か考えはありますか? これは何かの警鐘でしょうか? 神が私たちに何か気付いてほしいことがあるのでしょうか? もしくは、これは「ただ起きた」出来事なのでしょうか?

私は2つが混ざったものなのだと思います。この中で私にとって本当に助けになった聖句はルカによる福音書13章で、総督ピラトが兵士たちと来てある人々を殺したと、群衆がイエスに報告する場面です。これは道徳悪でした。これに対する返答の中でイエスは、シロアムの塔が倒れて18人が亡くなったことについて言及します。この2つ目の出来事は、ただ起きた出来事です。もちろん、職人の手抜きのせいで塔が倒れたのかどうかは、私たちには分かりませんが。イエスは彼らに問われます。(亡くなった人々が)他のどの人々よりも、罪深い者だったと思うのか、と。違います。

だからまず、非常に重要なこととしていえるのは、このような悲劇は、被害者が、個人か集団か国家かにかかわらず、必ずしも他の誰よりも悪いということの証拠ではないということです。2つ目に、イエスが続けて言ったことですが、「あなたがたも悔い改めなければ、皆同じように滅びる」。別の言い方で言うなら、この出来事をいつかは死ぬ運命にある有限な命を持ったわれわれ人間すべてへの警告としなさい、ということです。

ですからある意味、このような悲劇は警鐘としての役割を果たすかもしれません。C・S・ルイスは、痛みは神の「メガホン」だと言いました。それによって私たちは皆、もしくは私たちのうちの多くは、神を忘れてしまっていることに強制的に気付かされます。実際、欧州連合(EU)は神に関する記述を除外して憲法を書いてしまいました。大規模な苦難を伴う出来事は、私たちの心に死、永遠、神との出会いについての問いを呼び起こします。私には新型コロナウイルスがそのようなことをしているのが見えます。オンラインの教会がしばしば物理的な教会よりも満ち足りていました。

一方、責任をなすり合うことや、神がこれを許可した理由を勘ぐろうとすることは完全に別の問題です。注目に値するのは、そういうことをしている人たちは、自分自身に焦点を当てていることが多いのです。彼らは高ぶっていると非難されます。そうすることは、本来焦点を当てなければならない神に焦点を当てないことなのです。

――書籍でぜい弱性について語っています。新型コロナウイルスによって人類の何が露呈したと考えますか?

多くのことです。第一に、私たちの命には限りがあるということです。私たちは自分たちが思っていたほど強くありません。私たちは思い通りに事態を制御できると思っていたのに、全然制御できてないのです。

人類の振る舞いの良い面もまた示されました。医師と看護師たちの献身を考えてみてください。彼らの今やっていることは間違いなく素晴らしいことです。そして、トム・ムーア退役大尉。100歳になる人が、自身の庭を歩いて2800万ポンド(約37億円)の寄付を集めました。素晴らしい人々がいます。

他方、一部の利己的な人たちによって、人類の性質の汚らわしい面も示されました。配慮もなしに他の人たちを押しのけてスーパーマーケットに群がった人々のせいで、看護師たちが自分の食料を確保することもできなくなり、立ち尽くし、苛立ち、涙しています。彼らは勇敢に他の人たちを助けるために食料が必要なのに。

――困った状況から抜け出すために、科学に頼り過ぎる現代の傾向が露呈したとも考えますか? 私たちは薬、ワクチン、治療法が存在することに慣れきっていますが、現在のところ、新型コロナウイルスにはワクチンや治療法がありません。

医学の発展により、多くの人はこのような状況が起きるとは思いもしませんでした。新型コロナウイルスの場合、私たちは医学研究に非常に依存しています。これは実際に、私たちがクリスチャンとして祈る必要があることです。相当なリスクを負いながら、治療中の人や死につつある人の世話をする医療従事者のために祈り、そして、ワクチンを開発する科学研究者のために祈ることです。ペニシリン(世界初の抗生物質)を発見したアレクサンダー・フレミングのような誰かが現れて、新型コロナウイルスの治療法や予防法を提供してくれるなら素晴らしいことです。

――これは世界が初めて直面したパンデミックではなく、過去には大変ひどいものもありました。科学的な視点から見てこのパンデミックをどう判断しますか?

過去に起きたパンデミックのうち幾つかは、今回のものよりもっとひどいものもありました。中世に起きたペストでは、欧州の人口の半分が死にました。インフルエンザの大流行(スペインかぜ)では、おそらく2千万人が亡くなりました。私たちはまだそのような事態にはまったく至っていません。感染の第2波や第3波がこれから起きるのかどうかも分かりません。このような不確定要素によって物事が不安定になります。

――クリスチャンは、以前もパンデミックがあるたびに生き延び、乗り越えてきました。そこから何かひらめきを得ることはありますか?

「ユスティニアヌスのペスト」(6世紀中頃)のような初期の疫病のうち幾つかでは、クリスチャンが自分たちの仲間だけではなく、キリスト教信仰を共有しない人々の世話をしたことで、ローマ皇帝を驚かせています。病院やホスピスで働く人々を見ていると、このような機関をはじめとして他の多くのものは古代のキリスト教の遺産であることを思い出さなければならないし、他の人たちにも知らせていかなければいけないと思いました。

――世界が以前とは違ったものになるほどの、極めて重大な、もしくは人生を変えてしまうほどの出来事だと思いますか?

解決するまでに長い時間がかかるように見えますので、変化は必ずあるでしょう。私たちは、自身の願望をもっと抑えなければならないでしょう。ロックダウン(都市封鎖)を通して、私たちは以前楽しんでいたのに比べて、より少しのことでやっていくことを学びました。他国ではできていたところもあったようですが、私たちの国では医療制度が適正に準備されていなかったことも分かります。介護施設のひどい状況や、個人単位で所有すべき感染症予防のための道具類があらゆる場所で足りていないことなどを考えてみてください。政治家を見ていると、この問題が彼らの能力を越えてしまっているような印象を受けます。彼らがそれを認めて私たちに本当のことを言えばすっきりすることでしょう。

――「なぜこのために祈るのですか?何の意味があるのですか?」とでも言いそうな懐疑論者に対して、どんな言葉を掛けますか?

人々が「なぜ祈るのですか?意味があるのですか?」と言うとき、私が説明することは、祈りの背後にはイエス・キリストを通しての神との関係があるということです。それは生きた関係です。その関係によって私は希望を得ますし、クリスチャンはパンデミックの中にあって語る言葉を得ます。

人々が苦しむのを見るとき、私たちは「苦しまれた神」について、彼らに語ることができます。もしイエスが本当に神の子であるなら――それはキリスト教の中心的な主張なのですが――、私たちは問い掛けることができます。神が十字架の上で一体何をしているのか、と。復活祭で私たちはそれを思い起こします。それは確かに、少なくとも、神が人の苦しみの中に入ってこられたことを物語っているのです。神はそれ(人の苦しみ)を理解してくださいます。そして、神がイエスを死者の中からよみがえらせたという事実は、すべてを変えてしまいます。なぜなら、それは信じる者にとって本物の希望があることを意味するからです。

私たちの命は有限であるというだけでなく、私たちが神に反逆してしまったという事実に向き合う心の準備がもしあるなら――自分たちで決めた基準すら守れていないのに、まして神の基準はなおさら守れていないのですが――そして、もし私たちが自分たちの行為ではなく、キリストに信頼するなら、神は私たちの罪を赦(ゆる)す備えがあります。神との平和が与えられます。そして、新しい命を与えてくださいます。今すぐにです。

私たち人間の命には限りがあります。交通事故によってか、がんによってか、もしくはこのパンデミックによってかにかかわらず、私たちは皆いずれ死にます。しかし、キリストを主として受け入れる人々にもたらされる希望は、死を超越するものです。新型コロナウイルスは、キリストにより頼むことでもたらされる神との関係に究極的には触れることができません。

人々が「なぜ祈るのか」と言うとしましょう。だけどその人たちだって、自分の友達にはいつも話し掛けるじゃないですか。神こそ最も素晴らしい友です。神は私たちと共に死の陰の谷を歩んでくださいます。だから、祈りとは神との会話なのです。祈りとは、どれほど孤独で引きこもっていたとしても、私たち皆にできることなのです。祈りとは、このような状況における素晴らしい特権なのです。

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