スコセッシ監督のマフィア映画集大成「アイリッシュマン」 組織人にとっての「幸せ」とは?(その1)

2019年11月27日20時46分 執筆者 : 青木保憲 印刷
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(画像:「アイリッシュマン」の予告編より)

1972年に公開された「ゴッドファーザー」が、映画史における「マフィア」の在り方を変えてしまったといわれている。その後、「ゴッドファーザー」は続編としてもう2作が製作されたが、そのどれもが傑作の名に値するものであった(第3作をけなす声があるのも分かるが、個人的にはこれもまた味わいのある一作であると捉えている)。

時は流れて1990年、本作「アイリッシュマン」の監督であるマーティン・スコセッシによって製作された「グッドフェローズ」が、一部批評家から、そして若い世代から「ゴッドファーザーを超えた」という評価を受けた。確かに「ゴッドファーザー」と同じ裏社会の「愛と裏切り」「抗争とバイオレンス」を描いた作品ではある。しかし、どちらかというと、彼らの悪行をこれでもかと凝縮して2時間にまとめてしまった感は否めない。破天荒な3人が「やりたい放題」し尽くした結果、最も信頼していた友に裏切られ、歯車が狂っていく――というような展開に、少々の食い足りなさを感じたことを覚えている。当時、私は21歳の大学3年生だったが(笑)。

その後、スコセッシ監督は実録マフィア物の第2弾として、1995年に「カジノ」を製作する。こちらは3時間弱の長編で、ラスベガスがマフィアによって形作られていく様を、これまたお得意の愛とバイオレンス、そしてエロチックな性描写で描いている。

この3作品の影響力は多大で、その後のマフィア映画というと、派手なバイオレンスと家族愛、非情な組織のあり様を描くというのが定番となっていく。しかし「ゴッドファーザー」前後のあまたあるマフィア映画作品群を眺めてみると、この3要素を見事に組み合わせることは至難の業のようである。

バイオレンス一辺倒のアクション系は履いて捨てるほどあるし、組織の中で使い捨てにされるいわゆる「鉄砲玉」の悲哀を描く秀作もたくさんある。しかし家族愛とのシンクロとなると、3要素を無駄なく取り入れようと話を膨らませることで、かえって不協和音を大きくする結果に陥ってしまうようである。だから、マフィア映画の傑作はなかなか生まれない。言い換えるなら、それくらい「ゴッドファーザー」が偉大なのである。

さて、マフィア映画談義はこれくらいにして、本作のレビューに入ろう。「アイリッシュマン」は、スコセッシ監督の実録マフィア映画第3弾にして集大成として製作されている。そして本作はもともと、ネットフリックスのみで公開される予定であった。しかし昨今のストリーミング作品が「映画」と見せるかどうかという問題への目配りとして、期間限定で「劇場公開」された。ネットフリックスでは11月27日から配信開始だが、日本ではその前に15日から28日まで期間限定で劇場公開されている。

ネットフリックス作品では昨年、アルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA / ローマ」が、監督賞などアカデミー賞で3冠を獲得した。「ROMA」は、ネットフリックス作品としては日本で初めて劇場公開された作品で、今年は本作「アイリッシュマン」で受賞を狙ってきたともいえるだろう。

まず驚かされるのが、その上映時間の長さだ。209分。すなわち約3時間半である。こうした長編映画の場合、昔はインターミッション(途中休憩)があったようだが、本作はそんなものは一切ない。タイトルや出演者の名前すら出ないまま、おもむろに映画は始まる。そして、第2次世界大戦後から現代に至る米国の歴史を、特に1960年代から70年代をフューチャリングしながら描き出していく。その手法は「グッドフェローズ」「カジノ」を彷彿(ほうふつ)とさせる。時間軸を巧みにずらせ、観る側の私たちも彼らと同じ「葛藤」や「悲しみ」をより深く体験できるような語りになっている。

そしてうまく物事が運んでいた「懐かしき時代」が終わり、いつしか歯車が狂い始め、崩壊が一気に押し寄せてくる様を、これまた慣れた演出でスタイリッシュに見せて(魅せて)くれる。

さらに、彼が「沈黙―サイレンス―」で前面に押し出してきた「宗教性」も本作では随所に挿入され、マフィア世界に属している人間もいわゆる「心弱き市井の人」であることを私たちに伝えようとしているかのようであった。

さらに豪華なのは、主演を張る3人、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシの共演である。3時間半、ほぼ出ずっぱりのデ・ニーロとペシは、老けメイクから若返りCGまで、まさに人生の後半期をすべて演じているかのようである。一つ物足りない点といえば、これらの男性陣に対して、華のある女性が登場しなかったことか。「カジノ」と違い、本作は性的なシーンだけは皆無であった。

とはいえ、ここまでのことなら、「グッドフェローズ」や「カジノ」で描かれたことの焼き直しといわれても仕方ないだろう。特に「カジノ」では、上映時間も3時間弱で、当時飛ぶ鳥を落とす勢いの女優シャロン・ストーンをキャスティングしている時点で、「アイリッシュマン」よりも華やぎはあるといえよう。

だが、本作はその不足を補ってなお余りある作品であるといえる。それは物語が3時間を過ぎたあたりからラストに向かっての展開である。ここに「グッドフェローズ」から29年、「カジノ」から24年の年月を経て本作が作られた「意味」がある。

おそらく本作は、スコセッシ監督のマフィア映画の集大成であるとともに、彼の作品群の中でも最高傑作の一つといえるだろう。そして彼のカトリック信仰においても、「沈黙―サイレンス―」をさらに深めた「天の父への告解」の具体的な形ということができるだろう。

観終わって心に受かんだ聖書の言葉がある。

「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう」(マタイ16:26)

次回、この聖句から始めて、「ラスト30分」について語り、さらに本作をキリスト教的視点で評してみたい。(続く)

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映画「アイリッシュマン」公式ページ

青木保憲

青木保憲(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。グレース宣教会研修牧師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

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