続・背徳の街のマリヤ~悪魔の花嫁~(最終回)真白い花嫁

2019年9月7日10時57分 コラムニスト : さとうりょうこ 印刷

「わが妻よ。どうか私を見ておくれ」。その頃・・・どうしたことでしょう。悪魔がしおらしくサダ姉に懇願しているのです。サダ姉は鏡台の前に座り、鏡をじっと見つめたままほうけた顔をしておりました。「妻・・・」。そう唇を動かし、かすかに笑いました。

「どうした、わが妻よ。いつもの元気を出しておくれ。お前の欲しいものはなんでもやろう」。悪魔は甘くささやきます。サダ姉はぼんやりしたまま、「・・・シロツメクサ」とつぶやきました。悪魔は鼻で笑いました。「野花は嫌いだと言っていたじゃないか。」

サダ姉は鏡の中の自分を見ました。そこに映るのは、頬がこけるまで痩せ、怒りやねたみでいつの間にかまぶたの吊り上がっている自分です。体中に切り傷のかさぶたが走り、髪の毛はつやがなく、唇は潤いが失われ、ひび割れておりました。

サダ姉は、今までそんな自分を美しいと思っていました。しかし今そこに映るのは、ただの「みじめな女」のように思えるのです。涙がぼんやりと滲みます。その涙の滴の中に、見える方がおりました。それは、サダ姉に白い光の御手を伸ばした方の姿でした。

その方は、サダ姉のしてきたことを何もかも分かっておりながら、サダ姉にシロツメクサの冠を編んでくださっているのです。その方は、いばらの冠を頭に食い込ませて、額に血をにじませておりました。それなのに、サダ姉には、柔らかなシロツメクサの冠を下さろうとしているのです。

あたたかな声が鼓膜の中に響きます。「たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ」(イザヤ1:18)。その時、いばらの冠のその方は、サダ姉に手のひらを見せたのです。それは美しく、悲しい手のひらでした。その手のひらには、サダ姉の罪のすべてが刻まれていたのです。

マリヤは大浴場で皆を順番にお風呂に入れておりました。すると、廊下の方から扉を叩く音がします。マリヤはそっと扉を開けました。そこに立っていたのは、幽霊のように青ざめたサダ姉でした。

「どうしたのですか? お加減は大丈夫ですか」。サダ姉の吊り上がった目は、決意を秘めているような力を感じさせました。「いいからお聞き。こいつらが全員風呂から上がったら、倉庫の奥の扉から全員連れて出て行きな。扉の鍵を持ってきたから」。そう言って、頑丈な真ちゅうのカギと小さな小箱をマリヤに渡したのです。

「この子たちをここから逃がせということですか?」マリヤは驚いて目を見開きました。「逃がせなんて別に言っていないよ。目障りだから出て行ってほしいだけなんだ」。サダ姉は、そう言うと鼻で笑いました。

「だったら一緒に行きましょうよ。こんな所に居てはいけないし、そんなことになったらサダ姉さんが危ないでしょう?」マリヤはとっさにサダ姉の手を握りました。サダ姉はその手を軽く握り返すと、後ろで心配そうに聞いていた少女や少年たちに向かって言いました。「いいかい、秘密を教えてやろう」。そう言ってかがむと、笑みを浮かべて言いました。

「いいかい、お前たちに借金があるなんて、ここにさらうためについたうそなんだ。お前たちは逃げて行くこともできる。そしてね、いいかい、この世は恐ろしい所でね、こんなふうにお前たちをだます者たちと、これからだって出会うだろう。だから少しは賢くおなり。そしてね、『お前たちは汚いから、もう結婚もすることはできない』と、私たちはおまえたちをいじめたけれど、それもうそなんだから。お前たちは、別に汚くないし、真面目に生きれば、花嫁や花婿になることもできるのかもしれないよ」

少女や少年たちはそれを聞き、驚いた顔を見せる者もおり、また「サダ姉・・・」と抱き着こうとする者もおりました。サダ姉はその子たちを振り払い、「私は子どもは嫌いなんだ」と言うと、扉を閉めて去りました。

マリヤは全員を着替えさせると、2階にある倉庫へと導きました。足音を立てないように人差し指を鼻にあて、そろりそろりと歩きました。猫のマルが気配に気付いてついてきました。少年は安心したようにマルを抱きました。暗い倉庫の中に入ると、手探りで奥に進みました。「怖い」「サダ姉・・・」と泣き出す者もおりました。あれほどいじめられたというのに、無垢な心にサダ姉は慕われてもいたのです。

マリヤは急いで扉らしきものを探しました。するとドアノブのようなものが手に触れ、慌てて鍵を差し込みました。大きな扉がゆっくりと開き、外階段が現れました。真っ赤な夕焼け太陽が、恐ろしいほどに大きく膨らんでおり、赤い光にマリヤたちは照らし出されました。

「さあ、皆ゆっくり降りて、足元によく気を付けてね」。そう言ってマリヤは一人一人を階段に導き、最後に自分も降りました。ゴミ置き場になっている裏通りには痩せた野良犬とカラスしかおりません。その道を一列になって走ります。「猫吊り通り」から逃げ出すのです。

ようやく「猫吊り通り」から出たときに、ガラガラと大きな音が響きました。一斉に振り返ると、なんということでしょう、店が大きな炎に包まれていたのです。

少年や少女たちは泣きじゃくりました。マリヤは泣く子たちを抱きしめて、「大丈夫」となだめました。そして「火の手が間もなく広がるでしょう。急いで遠くに行きましょう」と、みんなで手をつないで、走りました。

何度も振り返りました。火の手はどんどん広がって、「猫吊り通り」は竜巻のような炎に包まれていきました。「猫吊り通り」・・・その罪深いひとつの町が炎に呑まれ、崩れ去っていく様子は、まるで世界の終焉を表しているようでした。

アンナは泣きはらした目でマリヤを見つめました。マリヤは言って聞かせました。「サダ姉は大丈夫。たとえ炎の中であっても、サダ姉は必ず、神様の守りの中にいるの。『今日は野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか』(ルカ12:28)と聖書にあるように、神様はサダ姉をお守りにならないはずはないのよ」

少年や少女たちはそれを聞いて一斉に手を組んで、「神さま・・・」とつぶやきました。その時、赤い空がめりめりと裂けて、まばゆいばかりの白い光が天から一筋差し込みました。少年少女たちは、その光の中で、サダ姉が野花の冠をかぶり真白い花嫁衣装を着ている姿を確かに見たのです。

がらがらと街の一片が崩れていきました。大通りからは、人が叫ぶ声が聞こえてきます。炎の上がる「猫吊り通り」から、人の肉が焼けるような匂いが漂いました。その匂いを嗅ぎつけたのか、見たこともない大きな黒い鳥が大群になって空を行き交います。

マリヤは聖書に書いてある、世界の終わりの預言を思い出しました。その日、町は炎に包まれて、水は血に染まり虫が湧き、人々の肉を食べるために鳥たちが一斉に去来するというのです。人間は、その時に嘆き悲しみ、いっそう神を憎むといわれます。その終焉の日の炎の激しさは、神様の愛の激しさそのものなのでしょう。神様は私たちを愛し、待ち続けました。神様を裏切り続ける私たちを、何千年も待ち続けたのです。

マリヤは少女や少年たちを、広場にまで導きました。皆走り疲れて喉がカラカラでした。順番に、浴びるほど水を飲みました。

マリヤはサダ姉から渡された小箱がポケットに入っていることに気付き、それを手に取り空けました。すると見たこともないような大きな赤い宝石が1粒入っていたのです。それは、少年や少女たちを故郷に返すに十分なお金になることが一目で分かりました。

やがて、あれほどの喧騒の夕暮れがうそだったかのように、静かな夜が訪れました。空は珍しく晴れ渡り、背徳の街では珍しく、星の輝きもありました。

マリヤは少年少女たちと、広場に丸く円を描いて座り込み、パンとミルクのささやかな食事をとりました。明日には少年や少女たちを、故郷に返すことができるでしょう。その仕事が終わったら、マリヤも故郷行きの列車に乗ります。

マリヤはパンをちぎって分け与えながら、一人一人の人生が、神様によって守られるように祈りました。皆も手を組み、「神さま・・・」と共に祈りました。気が付けば、広場のおじさんたちもその円陣に加わって、手を組み祈っておりました。そして祈りに応えるように、星々はきらめいておりました。

ビルがそびえ立つ中に、ぽっかりと開けた広場は、まるで神様に守られた祈りの園のようでした。そびえ立つビルの窓はいろいろな色で灯っています。怒りの色、情欲の色、虚飾の色、供宴の色、孤独の色・・・。今夜もこの街でたくさんの人が死ぬといいます。悪魔がその翼をひるがえし、次の獲物を探します。祈りの灯を絶やさないよう、マリヤは朝まで皆を守って過ごしました。

「主はこれを荒れ野の地で見いだし、獣のほえる荒れ地で会い、これを巡り囲んでいたわり、目のひとみのように守られた」(申命記32:10)

その言葉のように、神様はマリヤと共に一晩中、皆を守っておられました。(おわり)

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さとうりょうこ

1978年生まれ。埼玉県在住。2013年、友人の導きにより、日本ホーリネス教団久喜キリスト教会において信仰を持つ。現在、県内の障がい者施設で働きながら、加須市の東埼玉バプテスト教会に通い、2018年4月1日イースターに木田浩靖牧師のもとでバプテスマを受ける。フェイスブックページ「さとうりょうこ 祈りの部屋」。

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