元五輪候補から高額ポーカー経営者に 映画「モリーズ・ゲーム」が描く「愛する・愛される」ことの本質

2018年5月8日22時00分 執筆者 : 青木保憲 印刷
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©2017 MG’s Game, Inc.
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幼少期からスキー・モーグル競技の英才教育を父親から受け、2002年に冬季オリンピック予選最終戦まで進んだ主人公のモリー・ブルーム。彼女は12歳の時に背骨を大手術するという過酷な経験をくぐり抜けて、オリンピック代表候補に名を連ねていた。次のレースで上位入賞すれば確実にオリンピックへ出場できる。しかしその大切なレースで転倒し、彼女のアスリート人生はあっけなく終わってしまう。物語はここから始まる。

その後、軽い気持ちで手伝うようになったポーカールームの仕事で、彼女は今まで出会ったことのなかったセレブたち(映画俳優、ミュージシャン、実業家)と交流を深めることになる。やがて上司である男性との確執がきっかけで独立。何の後ろ盾もないまま、26歳で掛け金1万ドル(約100万円)を下限とするポーカーサロンを、一流ホテル内に立ち上げることとなる。ロサンゼルスで8年、ニューヨークで2年、サロンを経営するが、突然FBIに逮捕されてしまい、すべてを失ってしまう。

FBIはある取引を要求してくる。それに応じれば彼女は晴れて自由の身となれる。しかし彼女はこの要求をかたくなに拒むのだった。このままでは有罪となり、刑務所行きとなってしまう。しかし彼女はそうなっても構わないと主張する。一体何が彼女にそう言わせるのか。彼女が人々に訴えたい「真の主張」とは何か。その全貌が明らかになったとき、彼女がし続けてきた「あるゲーム」の内容が明らかになる。それは彼女が人生をかけて取り組んできた、どんな高額な掛け金のポーカーよりもリスクの高い「彼女だけのゲーム(モリーのゲーム)」だった・・・。

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モリー・ブルームは実在の人物で、元オリンピック選手候補という経歴を持ちながらポーカーサロンを経営し、破格の成功を手にした伝説的な女性である。その後、突然の転落人生を体験し、それを踏まえて2014年に出版された回顧録が、原作の『モリーのゲーム(MOLLY’S GAME)』(英語)である。ここまでなら、よくある「破滅型アメリカンドリーム」物語となる。

例えば、レオナルド・ディカプリオ主演の「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013年)などもこの系譜に当たる。しかし本作は、既成のジャンル映画の枠を抜け出し、意外な展開を見せていく。

従来の「破滅型アメリカンドリーム」では、主人公の内面はほとんど描かれないか、描かれたとしてもそれは常軌を逸しているため、決して観客に共感を与えるものではない。しかし本作の場合は、主人公モリー・ブルームの内面をつまびらかにする仕掛けが用意されており、これによって、観ている私たちはモリーに対する見方をまったく逆転させられることになる。そして映画や回顧録のタイトルである「モリーのゲーム」が、単にポーカーサロンを経営してきたことではなく、そこにはもっと重要で必然性に満ちた「裏ゲーム」があったことに気付かされるのである。

元五輪候補から高額ポーカー経営者に 映画「モリーズ・ゲーム」が描く「愛する・愛される」ことの本質
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彼女がプレーして(戦って)きたものとは何か。それは男性から理不尽に向けられた(暴力をも含む)抑圧である。幼少期、有無を言わせずにやらされてきたスキー競技。それに挫折し、ポーカーという世界を知ると、上司に当たる男性から受けるパワハラ。そして共同経営者のようになっていく「プレイヤーX」という仮名の映画俳優との確執。彼から突き付けられる突然の解雇通告。すべてが女性であるモリーを抑圧し、支配しようとしてくるのである。彼女はこの目に見えないプレッシャーと戦い続けてきた。そして皮肉なことに、相手の要求を見事に満たし、それ以上の成果や結果を残せる資質を彼女が持っていたため、さらなる理不尽な要求を突き付けられる結果となっていくのである。

そんな彼女の姿を、意外な人物が救う。その人物はこう告げる。「お前はたった一人で、男たちからの抑圧と戦ってきたんだ。おまえは負けていないよ」

すると初めて彼女の目から涙がこぼれ、素直な気持ちを吐露する。「私は、愛されたかったの」と。

この展開が見事である。モリーは映画全体を通して、自分を抑圧してくるすべての者と戦い、観客である私たちに対してもプレーを続けてきたのである。しかしそんな彼女の心は傷ついていた。その割れ目に目を向け、手を差し伸べた人物の言葉を通して、彼女自身が初めて自分の姿を鏡で見るように、内面の本心を吐露するのである。

元五輪候補から高額ポーカー経営者に 映画「モリーズ・ゲーム」が描く「愛する・愛される」ことの本質
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鑑賞後、私の中に聖書の物語が浮かんできた。それはヨハネによる福音書4章に登場する「サマリヤの女」の記事である。サマリヤの女は、内面に苦しみを抱えていた。しかしそれを人々に悟られないように、またその姿をも見られないように、誰も水をくみに来ない昼間を選んで井戸にやってきた。そこでイエスと出会い、自分の内面に気付かされる。そしてこう告白する。

さあ、見に来てください。わたしが行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません。(ヨハネ4:29)

「サマリヤの女」がもし現代に存在するとしたら、それはモリーのような女性だろう。決して、強がりやはったりを駆使して「世渡り上手」になるという意味ではない。相手からの理不尽な要求を受けても、それ以上の成果を生み出すことができる才能にあふれた存在である。不幸にも理不尽な環境の渦に巻き込まれ、否応なくその中で生きることを余儀なくされてしまっただけである。そんな芯の強い女性こそ、現代的な「サマリヤの女」であろう。

才能あふれる彼女らに対して、イエスはなお、古くて新しい次のような言葉を語り掛けている。

イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」(ヨハネ4:13〜14)

映画「モリーズ・ゲーム」は、現代的な強い女性を描いている。しかしその表面的なクールさにだまされてはいけない。その本質は、力と才能を持った女性が愛に触れることで、自身の歪められた姿を目にする機会を得、抑圧や不当な要求に対して自覚的に「NO」を突き付けることができるようになるまでを描いた「成長物語」なのである。

一見の価値あり、である。

5月11日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー。

■ 映画「モリーズ・ゲーム」予告編

映画「モリーズ・ゲーム」公式サイト

青木保憲

青木保憲(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

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