温故知神―福音は東方世界へ(92)大秦景教流行中国碑の現代訳と拓本37 川口一彦

2018年3月2日18時55分 コラムニスト : 川口一彦 印刷
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温故知神―福音は東方世界へ(92)大秦景教流行中国碑の現代訳と拓本37 川口一彦

<本文と拓本>文字30(1114+30=1144)

乹以美利(且つ乹は美利を以て)、故能廣生(故に能く生を廣む)。聖以體元(聖は元の體するを以て)、故能亭毒(故に能く亭毒<養育>す)。我建中聖神文武皇帝(我が建中で聖神文武皇帝は)、披八政[註]以黜陟幽明(八政を披いて以て幽明を黜陟し)・・・

<現代訳>

天からの恵みは民を生かし、生物は繁栄し、聖である皇帝は、景教を知り、かつ養われました。我が建中聖神文武(徳宗)皇帝<742~805、在位779~805。第12代皇帝>は、8つの政策において・・・

[註]八政は、国の8つの主要政策で、食(農事)、貨(金融財政)、祀(宗教)、司空(土地)、司徒(教育)、司寇(裁判)、賓(もてなし外交)、師(軍事)をいう。

<解説>

聖神皇帝(一般に徳宗皇帝と呼ばれている)は、代宗皇帝の長子として生まれ、安史の乱を平定し、即位後は財政再建などに努めたものの、反乱などで政治勢力は弱体化していきました。この時代は中興の治と呼ばれ、夏と秋に徴税を行いました。彼は内部反乱により一時、長安を離れたことがあります。節度使の権力が強まり、唐代が弱体化する時代でもあります。

この時代の781年に景教碑が建ちました。景教碑が建てられた時代は、聖神皇帝が存命中である故に、死後につける名である廟号の徳宗はあり得ません。旧唐書の徳宗紀の冒頭には徳宗神武孝文皇帝とあります。諡号(しごう)は神武孝文皇帝。

※ 参考文献
景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、イーグレープ、2014年)

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川口一彦

川口一彦(かわぐち・かずひこ)

1951年、三重県松阪市生まれ。愛知福音キリスト教会宣教牧師、基督教教育学博士。聖書宣教、仏教とキリスト教の違い、景教に関するセミナーなどを開催。日本景教研究会(2009年設立)代表、国際景教研究会・日本代表を務める。季刊誌「景教」を発行、国際景教学術大会を毎年開催している。2014年11月3日には、大秦景教流行中国碑を教会前に建設。最近は、聖句書展や拓本展も開催している。

著書に 『景教—東回りの古代キリスト教・景教とその波及—』(改訂新装版、2014年)、『仏教からクリスチャンへ―新装改訂版―』『一から始める筆ペン練習帳』(共にイーグレープ発行)、『漢字と聖書と福音』『景教のたどった道』(韓国語版)ほかがある。

【川口一彦・連絡先】
電話:090・3955・7955 メール:kei1951-6@xc.so-net.ne.jp

フェイスブック「川口一彦」で聖句絵を投稿中。また、フェイスブック「景教の研究・川口」でも情報を発信している。

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