コプト正教会を知る(3)コプト正教徒殺害事件の背景 2015年のリビアでのテロ事件(後編)三代川寛子

2016年12月17日20時12分 コラムニスト : 三代川寛子 印刷
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イラク第2の都市モスルの教会にはためく過激派組織「イスラム国」(IS)の旗 (写真:ツイッターへの投稿より)

エジプトにおける改宗問題「カミリヤとその姉妹たち」とその余波

過激派組織「イスラム国」(IS)という組織は、類似の過激思想を持つ武装勢力と比較しても、シーア派のムスリムをも異端として排除の対象にしているなど、宗教・宗派に関する非寛容性が顕著である。もともとイスラム法においては、キリスト教徒やユダヤ教徒などの啓典の民を庇護民(ズィンミー)として位置付け、ムスリム側が庇護民の生命と財産および信仰の自由を保障することが定められている。それに反して出稼ぎ労働者のコプト正教徒の人々を「庇護民」ではなく「十字軍」として扱い、殺害する根拠となったのが、「カミリヤとその姉妹たち」であった。

動画「血で署名された、十字架の民へのメッセージ」で言及されている「カミリヤとその姉妹たち」とは、イスラムに改宗したとされるコプト正教徒の女性カミリヤ・シャハータおよびワファー・コスタンティンのことを指している。両者とも、コプト正教会の司祭の妻であり、イスラムに改宗したという噂(うわさ)が立ち、一時期コプト正教会の保護下に置かれた人物である。

いずれも、改宗への動機は離婚であったとされている。コプト正教会では離婚を認めるに当たって厳しい条件が課されており、司祭の妻ともなればさらに離婚が難しくなるため、婚姻そのものを無効にする最後の手段としてイスラムへの改宗が検討されたようである。イスラム法の規定では、イスラム教徒の女性はキリスト教徒の男性と婚姻関係を結ぶことができないため、キリスト教徒の夫を持つ女性がイスラムへ改宗すれば自動的に婚姻が無効になるというわけである。

ただ、エジプトも含む中東諸国において、改宗は個人の信仰の問題としては扱われず、宗教共同体間に緊張関係を生じさせ、改宗者を出した一族には社会的制裁が加えられるなど、社会的影響力の大きい行為であり、気軽に実行できるものではない。

なお、カミリヤは2011年5月にイスラムへの改宗を否定しており、ほとぼりが冷めるまではコプト正教会の保護監督下にあったものの、その後は元の家族と共に暮らしている。ワファーに関しても、教会の保護監督下にある間は全く消息不明であったため、コプト正教会によって殺害されたのではないかという噂すらあったが、現在は元の家族と暮らしているようである。

しかし、カミリヤおよびワファーの「改宗」は一部のムスリムの間では既成事実として扱われており、彼らの間でこの一件は「両者とも実際にイスラムに改宗したにもかかわらず、コプト正教会によって不当に拘束され、さらにキリスト教に再改宗させられた事件」と認識されている。それが上述の動画の「敵対的なエジプトの教会」および「カミリヤとその姉妹たちのための報復」という文言につながったのである。

カミリヤらの「改宗」を根拠に、キリスト教徒がISに攻撃されたのはリビアの事件が初めてではない。カミリヤの事件は2010年7月に発生したが、その3カ月後の2010年10月末にはIS(当時の自称は「イラクのイスラム国」)がカミリヤの一件の報復としてバグダッドのシリア・カトリック教会を襲撃し、それにより自爆犯も含め58人が死亡している。

シリア・カトリック教会は、シリア正教会から分離した東方典礼カトリック教会であり、コプト正教会とは直接的な関係はないのだが、キリスト教世界を一枚岩の「十字軍」とする論法により、イラクの教会がエジプトで起きた事件の報復の対象となったのであった。

また、イラクの教会が報復の対象になった理由として、ISが発行するウェブマガジン「ダービク」第7号(ヒジュラ暦1436年ラビーウ・アル=アーヒル月、 31ページ)には、2010年当時「イラクのイスラム国」にはエジプトに拠点がなかったため、代わりに勢力圏内の地域であるイラクのキリスト教徒を標的にした旨の説明がある。

また、同じ箇所には「彼(カミリヤおよびワファーの事件発生時のコプト正教会総主教シェヌーダ3世を指す)の教会がエジプトでイスラム教徒の女性を迫害するならば、彼は世界中で殺害されるキリスト教徒一人一人に関して直接責任を負うことになる」との文言も見いだされ、今後もカミリヤおよびワファーの事件を根拠にキリスト教徒に対する攻撃が行われる可能性を示している。

2015年の事件へのエジプト政府の対応と政治的背景

このリビアの事件に対するエジプト政府の反応は素早かった。動画が公開された翌日の2月16日には、エジプト空軍が報復としてリビアのISの訓練施設および武器保管庫を爆撃し、3人の幹部を含む60人のIS戦闘員を殺害した。

また、斬首事件の犠牲者の遺体は現在も所在不明であるものの、動画が公表された翌日に犠牲者の出身地であるミニヤ県のアル=ウール村で葬儀が執り行われ、それには首相および内務相ら4人の大臣、ミニヤ県知事、軍最高評議会のメンバーらが派遣されて参加した。

さらに、エジプトのシーシー大統領は、カイロのコプト正教会総主教座を訪れ、現総主教であるタワドロス2世に対して哀悼の意を表した。また、首相は犠牲者の遺族にエジプト政府の予算から補償金を支払うことを約束している。

このような、いわば手厚い待遇の背景には、コプト正教徒の間でエジプト政府の対応に不満が高まっていたことが挙げられるだろう。日本ではなかなか報道される機会が少ないが、リビアのISの事件の前からリビアでは、コプト正教徒が誘拐・殺害される事件が相次いでいた。

例えば、2014年2月にはベンガジ郊外で7人のコプト正教徒が誘拐され、翌日頭部を撃たれた遺体となって発見されており、同年12月にはコプト正教徒の一家がシルト市の自宅で殺害・誘拐されている。いずれの事件に関してもエジプト政府の反応は薄かった。

また、リビアのISの犠牲になった20人のコプト正教徒に関しては、2015年1月初めにエジプト人労働者の宿舎からコプト正教徒だけが選ばれて誘拐されたことが報道されていたが、この誘拐事件に関してもエジプト政府が解決に向けて十分な努力を払っていないとしてコプト正教徒の間で批判が高まっていた。

シーシー大統領は、イスラム主義組織ムスリム同胞団を支持母体とするムルシー前大統領を退陣に追いやった2013年7月のクーデターを指揮した人物である。そのため、彼にとって「テロとの戦い」を掲げてイスラム主義者を排除し、治安の回復を図ることは自らの正統性の根拠の1つともなっている。

また、リビアの事件の場合、海外における自国民労働者保護という側面もあり、コプト正教徒に限らず、リビアで武装勢力に拘束されるエジプト人労働者が後を絶たないため、素早く報復攻撃を行うことで国民の連帯意識を高め、「頼れる政府」として政権への支持を高める狙いもあったと推測できる。

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三代川寛子(みよかわ・ひろこ)

上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻より、2016年に博士号を取得。専門は、19世紀末から20世紀前半のエジプトにおけるコプト・キリスト教徒の文化ナショナリズム運動。現在、上智大学アジア文化研究所客員所員、オックスフォード大学学際的地域研究学院客員研究員。

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