生きることはキリスト、死ぬことも益です 穂森幸一(17)

2016年1月8日21時15分 コラムニスト : 穂森幸一 印刷
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「生きることはキリスト、死ぬことも益です」(ピリピ1:21)

ある禅寺の精進料理の会に招かれたことがあります。本山から典座と呼ばれる料理専任のお坊さんが調理しておられました。朝3時に起きて、水を被り、全身を清めてから調理に臨んだということでした。肉や魚は一切用いず、野菜は根っこから葉っぱまで全て活用し、はいだ皮は出汁に使っています。

とても優しい味で、体の調子が悪くなってもこれだと食べられるのではないかという感じでした。

その時、和尚さんが話されたのが、「料理を作るのは修行ですが、食べるのも修行です。ピーマンを嫌いな人がピーマンの良さを見いだしていくのは、嫌いな人も受け入れていく修行につながる」ということでした。

この和尚さんの表現を借りれば、「生きることも修行、また死ぬことも修行」になります。

この世の中、生きることも大変ですが、死ぬことも容易ではないと思います。寝たきりになって看病するほうも大変ですが、看病される人もつらい思いをしているといわれます。

昔の日本人の死生観に、損か得かというものがありました。死ぬことで何か周りの人が助かることがあると死に得、何にも役に立たなければ死に損と表現していました。亡くなる人の尊厳とか気持ちとかを考えずに、共同体の中での損得しか顧みない風潮がありました。

江戸時代は役職のある人が問題に巻き込まれますと、切腹を命じられることがあります。時代劇で切腹のシーンを見ると、何と残酷なシステムだろうと思います。しかし、実際には、切腹は家族の救済システムの場合が多かったそうです。切腹の場合、当人は亡くなりますが、役職は息子に引き継がれ、家族には従来通りの収入が保証される場合が多かったようです。

切腹は自殺ではないかと言う人がいますが、城主に命じられて行う行為であり、刑の執行を自らの体で行っていると考えたほうがいいのかもしれません。しかし、死ぬことでお詫びとか、責任を果たすとか、区切りをつけるとかは、あってはならない習慣です。

日本人の死生観を正すのに、使徒パウロの教えはとても大切だと思います。「生きることはキリスト」というのは、神が命を引き取られるまで、精一杯生き抜いていくことの大切さを表しています。キリストのように十字架を背負う人生もあるかもしれません。どんな状況下でも、生きることは信仰の証しになります。

同時に「死ぬことは益です」という言葉にも重みがあります。主キリストに従う人にとって、死は終わりではありません。死は肉体から魂が抜けていく瞬間を表していると思いますが、その先には、天の御国での懐かしい人々との再会があり、キリストにお会いすることを思えば、悲しみを乗り越えることができます。

信仰者にとっての死というものを考えるときに、終末医療の矛盾に直面します。ある医者は鎮痛剤を使い過ぎると寿命が縮まるということで、鎮痛剤の使用を控えています。これは30年くらい前の話ですが、私の敬愛する姉妹ががんの末期の苦痛に耐え、鎮痛剤の使用を懇願しても却下され、苦しみながら亡くなられたということをご家族から聞きました。ご家族もつらかったそうですが、私の胸も痛みました。とても信仰深くて熱心に奉仕された物静かな姉妹を今でも思い出します。

私はある医者に質問してみました。「鎮痛剤を思い切り使用して患者の痛みを抑えたときと、鎮痛剤を制限しながら使用したときでどのくらいの余命の差がありますか」。医者の答えは「思い切り使用したときは余命2カ月、制限しながら使用したときは余命3カ月です」。

この1カ月の差を、日本の医学界では重く捉えているそうです。しかし、ヨーロッパ諸国は、苦しみながら1カ月長く生きることより、人格と品格を保ちつつ、笑いながら人生を全うしたほうがいいという意見が増えています。

新約聖書のピリピ書は別名「喜びの書」とも呼ばれますが、「喜び」という言葉が随所に出てきます。「キリスト教信仰は喜びを失ったら、本物の宗教ではなくなる」という人がいます。

「いつも主にあって喜びなさい」(ピリピ4:4)

一部のヨーロッパ諸国にある安楽死の問題は、受け入れるのが難しいかもしれません。しかし、管をつないで胃に栄養物を流し込み、苦しみにのたうつ患者をベッドに縛り付けている日本の現状は、行き過ぎかもしれないと思います。薬の力で痛みを制御しながら、家族と会話し、自然に任せて命を全うし、「死ぬことは益」を受け入れていくことも大切な課題ではないでしょうか。

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穂森幸一

穂森幸一(ほもり・こういち)

1973年、大阪聖書学院卒業。75年から96年まで鹿児島キリストの教会牧師。88年から鹿児島県内のホテル、結婚式場でチャペル結婚式の司式に従事する。2007年、株式会社カナルファを設立。09年には鹿児島県知事より、「花と音楽に包まれて故人を送り出すキリスト教葬儀の企画、施工」というテーマにより経営革新計画の承認を受ける。著書に『備えてくださる神さま』(1975年、いのちのことば社)、『よりよい夫婦関係を築くために―聖書に学ぶ結婚カウンセリング』(2002年、イーグレープ)。

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