【インタビュー】クリスチャン政治学者・千葉眞ICU特任教授(8):殺人と戦争の二重道徳、キリスト者の役割

2015年4月15日12時08分 インタビュアー : 行本尚史 印刷

千葉氏:それともう一つ、最後ですが、(千葉氏の論文である)「キリスト教における平和のスピリチュアリティ」(が入った)本が出ます(既刊『講座スピリチュアル学第3巻 スピリチュアリティと平和』)。また内村に戻ってしまいますが、日露戦争のときに彼は非戦論に変わるのです。日清戦争のときは義戦論だったので、彼も「塵灰(じんかい)に悔い改める」と言って、すごく反省していますが、非戦論に変わって、そのときに彼が言った言葉です。

(内村は)日清戦争の際には文明の論理を根拠に、その戦争を『義戦』として擁護した。しかし、実際の戦争の推移を見て、それが『欲戦』であり『略奪戦』であることを知り、深い反省と悔悟を表明した。そして日露戦争の際に内村は次のように述べて、非戦論の立場へと転向した。「余は日露非開戦論者であるばかりでない。戦争絶対廃止論者である。戦争は人を殺すことである。爾(しこ)うして人を殺すことは大罪悪である。爾うして大罪悪を犯して個人も国家も永久に利益を収め得ようはずはない」

こう考えて変わったのです。その中で内村も言及し、それから南原繁なんかも言及しますが、戦争絶対廃止論にこれはつながるわけです。そしてその理由として、「殺人の禁止」ということを言うわけです。「現代」は――内村の時代の「現代」というのは19世紀後半から20世紀の初めで、われわれの「現代」はそれから100年たつのですが――まだ「二重道徳」があるわけです。殺人に関する二重道徳の批判をやっている。「平常時の道徳において殺人は厳罰に処せられるべき行為である。しかし、他方、戦時の道徳では敵兵の殺戮(さつりく)が許容されるだけでなく、推奨されるという現実がある」。この現実とこの前提は、今日の国際関係論や国際政治学の主流であるリアリズムにとって今なお当たり前のことなのです。これは当然だと。しかも、リベラリズムのいくつかの立場も、この立場をやはり踏襲しているわけです。戦争を肯定しています。自衛戦争とか。

しかし、ある意味でこの二重道徳に対する違和感というものが、やはり特にキリスト者の中でずっと受け継がれてきたと思うのです。昔はメノナイトの人たちもそうだったし、クウェーカーの人たちは良心的兵役拒否ということを政府に認めさせました。「戦場で殺せない。殺人は罪だと思うので、私は戦争に行かない。その代わり他のサービスを社会にさせてくれないか」と言って、平和的な労役をたくさんやることによって、兵役を逃れるわけです。だから、キリスト教思想の平和主義陣営というのは、いつもこの二重道徳を批判してきたというふうに思うのです。

そして、私は(昨年の)7月1日に集団的自衛権(の行使容認)が閣議決定されたというときに、朝日新聞を読んでいたら、「声」の欄に、小学校の高学年ぐらいの子どもを持つお母さんの投書がありました。テレビでいろいろ集団的自衛権の話が出ていて、お父さんとお母さんが「いやだよね」とか「困ったね」とかいろいろ話していると、小学校の少年が「それ、どういうこと?」というのでいろいろ説明してあげたら、非常に悲しい顔をしたと。「僕は戦場に行って敵兵が僕を撃とうとしたら、撃たれて死んだ方がいいというふうに思うかもしれない。だから将来、日本が戦争になったら、戦争に取られたら、自分は死ぬしかないと思って非常に悲しい」ということを言ったらしいのです。だから、戦場であっても平時であっても、人を殺すということは、日本人の普通の良識というか、常識から言えば「それはできない」と。

右翼の人は大概言うわけです。「日本の若者は軟弱になった」と。「戦争に行こうという奴はいないよ」と、小林よしのりさんも漫画で描いていましたけれど。「みんなへっぴり腰になって戦う気をみんな失った」とか、そういうことは石原(慎太郎)元都知事も言っていましたが。「今の若者は何考えてんだ」とか。

しかし、私は逆に、これは戦後70年の日本の平和文化が生み出した良識であり、果実であると思うのです。これは世界に対して日本は誇るべきことで、「こんな野蛮な戦争に行って敵を撃つなんて私にはできませんよ」という感覚が、世界の良識になってほしいと。こういう日本人の、特に若い世代の共通感覚になりつつある、そういう二重道徳に対する反感が、結局戦争の違法化・戦争廃止への突破口になるポテンシャルを持っているのではないか。安倍さんがしゃかりきになって、「戦争に参加するぞ!」と言ったとしても、誰も行かなければいいわけで、自衛隊に入って災害救助はやるけれど戦争には行かないという人が出てきてもいいわけで、いろんなところから社会で揺さぶりをかけて、集団的自衛権(の行使容認)が閣議決定され、いろんな安保法制ができたとしても、そういうような世論と共通感覚を日本人たちが持っていれば、まだ希望はあるのかなと思うのです。

それも、特にクリスチャンがここにおいて大きな役割を果たし得るのではないかと思うのです。十戒の中で「汝、殺すなかれ」と言われていますし、新約聖書の中でそれは徹底されているので。

――今日はどうもありがとうございました。

千葉眞(ちば・しん):1949年、宮城県出身。1972年、早稲田大学政治経済学部卒業。1983年、プリンストン神学大学 Ph.D.(政治倫理学)。西欧政治思想史・政治理論専攻。国際基督教大学教養学部教授を経て2015年4月より同学部特任教授。内村鑑三研究会編による雑誌『内村鑑三研究』(教文館刊)編集委員。主な著書に『ラディカル・デモクラシーの地平』(新評論、1995年)、『アーレントと現代』(岩波書店、1996年)、『デモクラシー』(同、2000年)、『政治と倫理のあいだ』(共編著、昭和堂、2001年)、『平和運動と平和主義の現在』(共編著、風行社、2008年)、『「未完の革命」としての平和憲法』(岩波書店、2009年)、『Building New Pathways to Peace』 (Co-ed., University of Washington Press, 2011)、『連邦主義とコスモポリタニズム―思想・運動・制度構想―』(風行社、2014年)。

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