神学書を読む(26)黒崎真著『マーティン・ルーサー・キング 非暴力の闘士』

2018年4月18日22時33分 執筆者 : 青木保憲 印刷
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黒崎真著『マーティン・ルーサー・キング 非暴力の闘士』(岩波書店、2018年3月)

暗殺から50年の今年だからこそ、私たちが陥りがちな「偶像化の罠(わな)」を指摘する秀逸な1冊!

今年2018年は、マーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺されてから50年となる。各地では記念式典が行われ、またキング牧師に関する書籍やコメントが米国のみならず世界各地で発信されている。

15年に『アメリカ黒人とキリスト教』を発表した黒崎氏が、誰にでも分かるように新書でキング牧師に関する小書を発刊した。しかしこれは単なる「キング礼賛本」ではない。著者のあとがき「おわりに 旅を受け継ぐ」から直接言葉を引用してみよう。

「キング国民祝日に際し、晩年のキングを忘れてはならないと書いた。しかし、忘れてはならないことがもう一つある。黒人自由運動の主人公は、無名の民衆一人ひとりであったと想起することである。それは、キング一人が大衆運動を指導したかのような『キングの偶像化』に陥らないためにも必要なことであろう」(237ページ)

本書で著者が心掛けていることは、「暗殺から50年」という記念の時だからこそ陥りがちな罠を明確に指摘することであった。それは「キングの偶像化」である。

1983年、当時のロナルド・レーガン大統領がキング牧師の誕生日を国民の祝日と決めた。それによって「マーティン・ルーサー・キング」という名は、米国史に名を刻むこととなった。しかしそれによって巧妙に隠されてしまった一面がある、と黒崎氏は指摘する。

それは、64年の公民権法制定、65年の投票権法制定に結実する一連の「公民権運動」の指導者として、「万人のために闘ったキング」というイメージを植え付けることである。言い換えるなら、その後の彼の闘争や葛藤(ベトナム戦争反対、貧者の行進など)は捨象され、「キング牧師は法的平等を生涯の仕事とした」という一文に彼のすべて(業績、パーソナリティー、人生など)が凝縮されてしまったのである。

本書は、徹底して「キングの神格化・偶像化」に対抗している。それは「はじめに 旅の始まり」からも見て取れる。キング牧師がベイヤード・ラスティンから「非暴力抵抗運動」について学ぶ場面が描かれている。

私たちは「マーティン・ルーサー・キング=非暴力」という図式を教え込まれているため、何か先天的に彼がこの思想を抱いていたかのように、そしてそれが聖書の神の愛に基づいた信仰生活を通して培われたかのような錯覚に陥ってしまう。だが歴史的に見るなら、各々の概念は確かに彼の中に存在していたとしても、それが有機的に関連付けられるためには、やはり彼も誰かから学ばなければならなかったのだ。そして、その生き方を現実生活に適応し続ける努力を継続しなければならなかったということである。

そういった意味で、本書はいわゆる「少年少女向け伝記集」に収められる1冊とはならない。キング牧師の生きた足跡を、「公民権運動のために身をささげた名もなき一市民」という視点とのリンクを保ちながら描こうとしているのである。

そのため、従来の「キング本」ではあまり語られてこなかった夫婦不和の部分や、愛人問題にも大胆に踏み込んでいる。

余談だが、これほどの偉業を成し遂げた人物であるにもかかわらず、どうして今までハリウッドがキング牧師の伝記映画を製作してこなかったのか、その答えがここにある。

「米国の偉人」の仲間入りを果たしたキング牧師は、妻と家庭を愛する人で「あるべき」であって、愛人と戯れる「はずがない」し、あってはならないのだ。しかし映画製作者は彼の真実の姿として、神格化には都合の悪い部分も赤裸々に描こうしたため、遺族からの了解が得られず、あつれきだけが増してしまったのであった。

この問題を見事にクリアし、キング牧師を主役に据えた初めての映画が「グローリー 明日への行進」(2014年)である。しかしこの映画は、65年のセルマ大行進のみを取り上げた作品であって、彼の生涯を俯瞰(ふかん)しているわけではない。

いずれにせよ、本書がキング牧師暗殺50年のこの時期に発刊されることの意義は大きいと言わざるを得ない。彼がレジェンドとしての年月を重ねれば重ねるほど、黒崎氏が指摘する「偶像化」の問題は深刻になってくる。「キングの脱政治化(=無害化)」「公的記憶としてのキング」への警告を発することは、一見華々しく彼の業績をたたえているようだがその実、最も彼のリアリティーから遠ざかる所業に歯止めを掛けることになるだろう。

黒崎氏の次の言葉が、暗殺後50年を越えて「マーティン・ルーサー・キング」という人物を語り継ぐときには必要になってくるだろう。

「様々な人間的弱点を抱える私たち一人ひとりもまた、キングの未完の夢と非暴力の遺産を受け継ぎながら、自ら行動を起こすことができるのだという希望と勇気を、私たちにもたらしてくれるのである」(238ページ)

キング牧師を尊敬し、彼のような生き方に憧れ、またそれに倣いたいと願う人は、必ず手に取って読むべき1冊であろう。

■ 黒崎真著『マーティン・ルーサー・キング 非暴力の闘士』(岩波書店、2018年3月)

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青木保憲

青木保憲(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

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