ザンペリーニも収容された直江津収容所 跡地の平和記念公園が20周年

2015年8月21日14時48分 印刷
+ザンペリーニも収容された直江津収容所 跡地の平和記念公園が20周年
新潟県の直江津捕虜収容所跡地に建てられた今秋20周年を迎える平和記念公園(写真:上越日豪協会提供)

太平洋戦争時、虐待によりオーストラリア人捕虜60人が死亡した新潟県の直江津捕虜収容所。この収容所の跡地に建てられた平和記念公園が今秋で20周年を迎える。9月26日には、オーストラリアから捕虜関係者を招いて記念式典が開催される。朝日新聞などが伝えた。

直江津捕虜収容所は、現在の上越市直江津地区に連合軍の捕虜を収容するため、古い塩の倉庫を改造して造られ、約300人のオーストラリア兵が収容された。その中で、強い寒波や飢えといった劣悪な環境は60人を病死させた。その後さらに、英国や米国、オランダなどの捕虜も加えられ、収容された捕虜は約700人にも上ったという。戦後、当時の収容所職員15人が横浜裁判でその責任を問われ、そのうちの8人が悲痛な遺書を残して刑死している。

1978年にオーストラリアの元捕虜から一通の手紙が届き、交流が始まった。その間、終戦50年の95年に、世界平和と友好を願う場にしようと、上越市と市民が協力して「平和記念公園」が造られ、その活動を引き継ぐ市民団体「上越日豪協会」が創設された。同協会は、公園にオーストラリア兵捕虜60人と、処刑された日本人所員8人を慰霊する記念碑2つを設置した。

同協会は、収容所で亡くなった捕虜と戦犯で処刑された所員の鎮魂を祈る「平和の集い」を、20年にわたって毎年8月に開いている。初めは、日本人の碑に献花をすることを拒んでいた元捕虜も、昨年初めて日本人の碑に献花をしたという。それは、20年にわたる同協会の活動が元捕虜の心を動かした瞬間だった。

ザンペリーニも収容された直江津収容所 跡地の平和記念公園、今年で20周年
直江津捕虜収容所に収容されていた捕虜たち(写真:上越日豪協会提供)

米国の元五輪陸上選手ルイス・ザンペリーニ(1917~2014)も、1943年に日本海軍の捕虜となり、東京都の大森にあった捕虜収容所から45年3月に直江津の収容所に送られた。その間受けた虐待により、戦後、復讐(ふくしゅう)心に苦しんだが、キリスト教に救われて「赦(ゆる)し」の心に変えられた。98年には、長野五輪聖火リレーの走者として、再び上越市を訪れている。2010年にはザンペリーニの人生を描いたノンフィクション本『アンブロークン』が刊行され、14年には米人気女優アンジェリーナ・ジョリーの監督より映画が公開された。だが、日本ではまだ翻訳本は出版されておらず、映画も公開されていない。

朝日新聞によると、同協会の近藤芳一会長は、「収容所のことについて外国人の視点で捉えた事実も知っておくべきだ」と語っている。平和記念公園が今秋で20周年を迎えることについては、「よく20年も続いた。私たちの活動も意義があったと思う」と話した。

関連記事

クリスチャントゥデイからのお願い

いつもご愛読いただき、ありがとうございます。皆様のおかげで、クリスチャントゥデイは月間40万ページビュー(閲覧数)と、日本で最も多くの方に読まれるキリスト教オンラインメディアとして成長することができました。記事の一つ一つは、記者や翻訳者、さらに編集者の手などを経て配信されているものです。また、多くのコラムニストや寄稿者から原稿をいただくことで、毎日欠かすことなくニュースやコラムを発信できています。

この日々の活動を支え、より充実した報道を実現するため、読者の皆様にはぜひ、祈りと共に、毎月定期的にサポートする「サポーター」として(1,000円/月〜)、また単発の「サポート」(3,000円〜)によって応援していただきたく、ご協力をお願い申し上げます。支払いはクレジット決済で可能です。申し込みいただいた方には、毎週のニュースやコラムをまとめた申込者限定の週刊メールマガジンを送らせていただきます。サポーターやサポートの詳細、またクレジットカードをお持ちでない方はこちらをご覧ください。

社会の最新記事 社会の記事一覧ページ

人気記事ランキング

おすすめのコンテンツ【PR】

コラム

主要ニュース