妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)園の墓からヨルダン川、クムラン、死海へ

2015年8月13日00時20分 コラムニスト : 妹尾光樹 印刷

第8日目(現地時間:5月25日月曜日)

いよいよイスラエルも最終日。今日は宿泊しているアラブ人街のホテルから徒歩10分のところにあるゴルゴタの丘、イエス様が葬られたという場所、園の墓と呼ばれている場所に行きました。一昨日行った聖墳墓教会もまたイエス様の墓とされているのですが、位置が旧市街のため墓は城壁の外にあったという考えから、そこが墓なのか定かではなく(昔は城壁の外だったとも考えられる)、いろんな議論があるようですが、どちらが本物なのかは分かりません。昨日行ったヴィア・ドロローサの終着地点にある聖墳墓教会は、4世紀のコンスタンチヌス帝時代に、エルサレムの城壁西側のヤッフォ門に近い場所に墓があるとして、そこに定められました。これに対しては以前から疑問が投げ掛けられていたのですが、19世紀になってプロテスタント教会の人々が城壁北側のダマスカス門に近い城外の岩場の多い場所を特定し、20世紀前半にイギリスがパレスチナを統治した時代、ゴードン総督の指揮で園の墓として多くの発掘と整地がされました。総督の名前にちなんでゴードンの墓とも呼ばれています。どちらが本物なのか、その解答は、これからの学者たちの研究に委ねたいと思います。重要なのは墓の場所ではなく、イエス様がよみがえられたということでしょう。ここでは、イエス様のよみがえりを賛美し祈ることができました。感謝です。このドクロ(ゴルゴタ)とされる岩場ですが、その岩が骸骨(人の顔)に似ているからだとされますが、実際には、その岩肌のゴツゴツした質感が骸骨のようだということらしいです。しかし実際は、ここに駐車場を作るために崖を崩している時にできた岩肌のようです(夢を失う話ではありますが)。去年のひどい嵐で鼻の部分が崩れ去り、目の玉だけのドクロとなっています~残念!

妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)
園の墓
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ゴルゴタといわれる岩肌
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内部の説明
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墓の内部
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入り口のドアにはこう書かれてあります。
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墓の外壁
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私もよみがえってみました。

バスに乗り、エルサレムを離れて1時間ほど走ると、ヨルダン川に到着しました。ここのところとても気温が高く、イスラエルでも異常気象です。今日もバスから外に出ると気温は50度近く。初めての体験ですが、ポケットに忍ばせていたスマホで写真を写そうと出すと起動しません。「高温のためカメラを起動することができません」という表示です。すごすぎます。でも日陰は湿気が無いので涼しい。

妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)

ここでは聖餐式と洗礼式を行いました。プロテスタントにとっては二大サクラメントがこのように行えたのは恵みでした。パンは、マンツァ(種なしパン、クラッカーのようなもの)を用いて私が導かせていただきました。マンツァはスーパーにも普通に売っています。ユダヤ人は過ぎ越しの祭りの時に、通常3枚のマンツァを使い、その間の1枚を部屋に隠して、それを見つけた子どもに与えます。そこにはキリストへの秘密(三位一体、第二格。アブラハム、イサク、ヤコブの象徴)が隠されていますが、多くのユダヤ人たちはいまだにその事を知らずに過ぎ越しの祭りを行っています。きっといつかはユダヤ人たちにこの真実が知らされる時が来るに違いありません!

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マンツァ
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ブドウジュース

死海に注ぎ込む河口に近いここは、以前ヨルダン領土であったので、時が時なら入ることも許されなかった場所なのですが、今は簡単な検問があるだけで入れます。しかし、その周りにはいまだに地雷が埋めてあり、緊張も感じられます。今回ここに来たのは、ヨルダン川で再度洗礼を受けたいと願う人たちのためですが、洗礼をする場所の目の前、ほんの数メートル先の向こう岸がヨルダン国になります。ヨルダン川は二つの国を分断するように流れています。両岸には常時兵士たちが越境者を監視しています。しかし緊張感はなく、写真にも自由に応じてくれます。ここでは二人の兄姉が希望し、再洗礼を受けました。ヨルダン川は泥水のように茶色く濁っていますが、それは泥ではなく、鉱物の成分によるものだそうです。ナアマン将軍がヨルダン川について、故郷の川のほうがずっときれいだと言った言葉が思い浮かびました。

妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)
向こう側はヨルダン領

その後は、クムランに行きました。ここは写本が発見された場所であり、クムラン教団、エッセネ派の本拠地でもあります。1947年、ベドウィンの少年によってクムランにある洞穴からつぼに入ったエステル記以外の400にも及ぶ写本を発見しました。ある人はこの発見を奇跡の発見だと言いますが、その時まで発見されなかったことがむしろ奇跡だと言われています。クムランは18世紀には、多くのヨーロッパからの冒険家によって発掘され荒らされていたのですから、写本が手付かずでそのまま発見されたのは、確かに奇跡です。発見の翌年、イスラエルは約1900年ぶりに国が復興します。神様の素晴らしいご計画を見る思いです。

妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)
クムランの竪穴
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写本が見つかったつぼ(レプリカ)
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写本の巻物(レプリカ)
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クムランのパンフレット

この荒野にいたバプテスマのヨハネは、らくだの毛の衣を身にまとって、野蜜といなごを食べていたと聖書は言っていますが(マタイ3:4)、野蜜といなごは、ナツメとイナゴマメだともいわれています。この暑さではいなごの生息は難しく、十分にその事を裏付けています。ちなみに、このイナゴマメの大きさから、カラット(ダイヤモンドの単位)が生まれたそうです。またヨハネは、エッセネ派ともいわれますが、着ている衣が彼らとは違い(エッセネ派は白い衣を着ていた)、これもまた疑わしいところです。

死海とエルサレムを行き来している途中、渇いた丘の上を羊たちが放牧されており、その丘の中腹には遊牧民ベドウィンの人たちの住居(掘立小屋のよう)がありました。聞くところによると、アラブ人の中には17万人のベドウィンがおり、11万人は南部ネゲブの荒野にいて半分は定住していますが、半分は今も遊牧民だそうです。そして1万人が中央部に、残りがほぼ定住して農業商業をしている人たちで、北部に住んでいるんだそうです。ただ、気ままな民族らしく、不法に住居を構えたりしているそうです(本来遊牧民ですから)。

妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)

しかし、暑い・・・。この時、昼の12時を過ぎたところで、外気温は47度でした。ポケットに入れて持っていたスマホがまた高温のために使用できないという表示が出ました。私が今まで経験した中でも、最も高い気温だと思います。

妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)

ガイドは口うるさく何度も水は持ったか? 飲んでいるか? と言っていましたが、時が経つにつれ、その理由が分かってきました。日なたは40度を超える暑さなのに、日陰に入ると冷房の部屋に入ったように涼しいのです。乾燥のため、まったく汗をかかない。汗がそのまま蒸発しているようです。汗をかかないと、のどが渇いたという実感がありません。そのまま飲まずにいると脱水状態になり、突然気を失って倒れてしまうこともあるといいます。私の場合、結局1日2リットルのペットボトルを2本半は飲みました。そのほかにも食事の時にも飲むわけですから、おおよそ1日で6リットル近くの水を飲んだ計算になります。それでもトイレにはほとんど行きませんでした。

妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)
通常この500CCで1ドルくらい。イスラエルは物価が高い。

昼食の後は今日のメーン、死海の浮遊体験をしました。死海の泥パックも十分にして、童心に帰るひと時でした。この時、外気温は少し下がったものの43度。しかし海抜マイナス400メートルにある死海は、空気層が厚く、意外や紫外線の量が少ないんだそうです。これにもビックリ!

妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)
ここは死海の北のほう
妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)
死海お決まりのポーズ
妹尾光樹のイスラエル旅行記(9)
死海の無料泥パック

「恐れるな。わたしがあなたとともにいるからだ。わたしは東から、あなたの子孫を来させ、西から、あなたを集める。わたしは、北に向かって『引き渡せ』と言い、南に向かって『引き止めるな』と言う。わたしの子らを遠くから来させ、わたしの娘らを地の果てから来させよ」(イザヤ43:5~6)

この御言葉の成就を、私たちが生きている間に体験していることは、不思議としか言いようがありません。1958年のイスラエル建国以後、全世界からユダヤ人がイスラエルへと帰ってきています。東は極東アジアから、中国からも帰還者があり、西はヨーロッパの国々から、南はエチオピアに幻を与え帰還者を起こし、北はソ連を崩壊させ、不思議な事が起き続けています。

イエス様はいちじくの木のたとえから夏の近いことを知れと言われました(マタイ24:32)。イスラエルの農耕にとって夏は1年の終わりでもあります。いちじくの木はイスラエル、その枝は近隣諸国でしょう。ヘブル語で夏はカイツ、そして終わりはケイツです。

今日はいったんイスタンブールに飛び、半日を過ごし、成田到着は水曜夜になります。

(文・妹尾光樹=純福音成田教会牧師)

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