澤田美喜
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(最終回)母の心
ホームは次第に大きくなり、グルー大使の寄付で建てたベビー・ハウスに続いて、幼児のための住居が3棟、ジョセフィン・ベーカーとアリス・ジョーンズ夫人からの贈り物である男子寮が2つ、丘の上に建てられた。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(12)アマゾンに広がる夢
美喜は講演のために何度かアメリカを訪れたが、11回目の時、素晴らしい収穫を得ることができた。それは「養子縁組」のための新しい法案ができたことであった。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(11)扉の向こうに道が
聖公会の援助打ち切りは、ホームに決定的な打撃を与えるものだったが、それとともにアメリカ国内において心ある人々の同情を煽り立てる結果にもなった。しかし、その頃、美喜は過労から病床に就き、熱に浮かされていた。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(10)試練は火のように
涙ながらに廉三のもとを去った美喜は、実家に帰り、父に自分の計画を打ち明けた。「お父様。まず初めに、子どもたちを収容する場所が必要なのです。どうか大磯の別荘を使わせてください」
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(9)踏みにじられる幼い命
1946(昭和21)年6月末、ラジオのニュースは、日米混血児第1号が生まれたことを報じた。「これは、太平洋の両岸を結ぶ愛のしるしであり、日米が最初に交わす握手そのものです」。アナウンサーは、このように告げた。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(8)岩崎家の没落
戦争は終わったが、敗戦国の日本のそれからの歩みは厳しいものであった。大企業は次々と潰され、特定の企業が利益を得ることのないように一族はバラバラに分けられ、個人の財産は没収されてしまった。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(7)太平洋戦争と愛する者たちの死
帰国してみると、愛する祖国は太平洋戦争の真っただ中にあり、緊迫した空気に包まれていた。戦争が激化するにつれて、以前アメリカにいた人や、アメリカ人を友人に持っていたという人の周囲に憲兵や特高が付きまとい、警察に引っ張られる者が増えてきた。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(6)黒い皮膚と白い心
美喜はパリに滞在しているとき、ジョセフィン・ベーカーという黒人女優と親しくなった。彼女はすでに世界的に名の売れたスターであったが、少しも偉ぶらず、支配人にも俳優仲間にも、幕引きや雑役夫にも同じように親しみのこもった言葉をかけていた。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(5)天国を見た日
1931(昭和6)年9月。澤田廉三はロンドン勤務になったので、美喜は子どもたちをつれて夫に従った。子どもはすでに4人になっており、次男久雄、三男晃の次に初めて女の子が生まれ、恵美子と名付けられた。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(4)新しい門出
美喜はいつしか20歳の誕生日を迎えた。この頃になると、ひっきりなしに縁談が持ち込まれるようになるが、彼女は少しもその気がなく、あの手、この手を使って壊してしまった。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(3)あなたの敵を愛しなさい
その頃、はしかと百日咳が全国に流行し、岩崎家の子どもたちもこれを免れることはできず、6人兄弟全部がかかってしまった。それで1人ずつ、少し良くなると大磯の別荘に送られ、養生することになった。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(2)堀の内と外
美喜は、お茶の水東京女子高等師範学校付属の幼稚園に通っていて、やがて小学校へと進んだ。いつも彼女は1人の家政婦に付き添われて運転手に送り迎えしてもらっていたが、ある日、家に教科書を忘れてきたことが見つかり、教師に「家に取りに帰りなさい」と言われた。
-
混血児の母となって―澤田美喜の生涯(1)男まさりの子
1901(明治34)年9月19日。東京本郷にある三菱初代社長岩崎弥太郎の長男久弥(ひさや)の屋敷は、喜びに包まれていた。長女が産声を上げたのである。今まで男の子ばかり授かってきたので、家の者の喜びはひとしおであった。
-
戦争経験者に聞く戦後70年(3):「命を考えることが平和への第一歩」 聖ステパノ学園理事長 小川正夫さん
キリスト教学校教育に約60年携わってきた、聖ステパノ学園(神奈川県)理事長で同園小中学校校長の小川正夫さん(84)。同学園の敷地内には、戦争孤児のために創設された施設もある。小川さんに自身の戦争体験と子どもたちに対する平和への思いを伺った。
-
禁教時代のキリシタン遺物を伝える「澤田美喜記念館」 神奈川
神奈川県大磯町に「澤田美喜記念館」はある。三菱財閥の創設者・岩崎弥太郎の孫娘、澤田美喜が40年ほどかけて収集した1000点以上の隠れキリシタン遺物のうち、現存する851点が収蔵されており、250点ほどが展示されている。
人気記事ランキング
-
コヘレトの言葉(伝道者の書)を読む(5)時の賛歌 臼田宣弘
-
米南部バプテスト連盟、同性婚、ポルノ、中絶薬の禁止を求める決議案を可決
-
「みにくいアヒルの子」など数々の童話生み出したアンデルセン自伝 『わが生涯の物語』
-
日本人に寄り添う福音宣教の扉(224)音楽が支える聖霊による祈り 広田信也
-
ワールドミッションレポート(6月14日):スイス 信仰で買ったトラクター、ローレン・カニングハムとYWAMに託された農場の奇跡
-
ワールドミッションレポート(6月15日):ベラルーシのために祈ろう
-
クリスチャンロックバンド「ニュースボーイズ」元ボーカルに性的暴行・薬物疑惑
-
ワールドミッションレポート(6月12日):ベルギーのために祈ろう
-
花嫁(27)絶えず喜んでいなさい 星野ひかり
-
戦時下でも福音は止まらない ウクライナの伝道者が欧州伝道会議で講演
-
「ハーベスト・ジャパン2025」開催決定! “世界的な癒やしの器” ギエルモ・マルドナード牧師が来日
-
【ペンテコステメッセージ】約束の成就と聖霊の力―ペンテコステの恵みにあずかる 田頭真一
-
クリスチャンロックバンド「ニュースボーイズ」元ボーカルに性的暴行・薬物疑惑
-
『天国は、ほんとうにある』のコルトン君、臨死体験から22年後の今
-
1990年代生まれのプログラマー、カトリック教会の聖人に
-
「みにくいアヒルの子」など数々の童話生み出したアンデルセン自伝 『わが生涯の物語』
-
大統領選の結果受け韓国の主要キリスト教団体が相次いで声明、和解と相互尊重を訴え
-
ウォルター・ブルッゲマン氏死去、92歳 現代米国を代表する旧約聖書学者
-
戦時下でも福音は止まらない ウクライナの伝道者が欧州伝道会議で講演
-
米南部バプテスト連盟、同性婚、ポルノ、中絶薬の禁止を求める決議案を可決
-
「ハーベスト・ジャパン2025」開催決定! “世界的な癒やしの器” ギエルモ・マルドナード牧師が来日
-
『天国は、ほんとうにある』のコルトン君、臨死体験から22年後の今
-
1990年代生まれのプログラマー、カトリック教会の聖人に
-
【ペンテコステメッセージ】約束の成就と聖霊の力―ペンテコステの恵みにあずかる 田頭真一
-
クリスチャンロックバンド「ニュースボーイズ」元ボーカルに性的暴行・薬物疑惑
-
大統領選の結果受け韓国の主要キリスト教団体が相次いで声明、和解と相互尊重を訴え
-
フランクリン・グラハム氏、ゼレンスキー大統領と面会 和平求め祈り
-
淀橋教会、峯野龍弘主管牧師が引退し元老牧師に 新主管牧師は金聖燮副牧師
-
「みにくいアヒルの子」など数々の童話生み出したアンデルセン自伝 『わが生涯の物語』
-
米南部バプテスト連盟、同性婚、ポルノ、中絶薬の禁止を求める決議案を可決