混血児の母となって―澤田美喜の生涯(3)あなたの敵を愛しなさい

2017年3月29日18時03分 コラムニスト : 栗栖ひろみ 印刷
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その頃、はしかと百日咳が全国に流行し、岩崎家の子どもたちもこれを免れることはできず、6人兄弟全部がかかってしまった。それで1人ずつ、少し良くなると大磯の別荘に送られ、養生することになった。

本郷の屋敷からは、退屈だろうということで2冊の本が送られてきた。1冊は『石童丸』。せっかく実の父親が分かったのに、その父から自分の子ではないとすげなく言われる物語。あとの1冊は、仇討ちの痛快な話で、生まれたばかりの時に父を殺され、母から敵を憎む気持ちと武芸とを厳しく教えられた子どもが、日本全国を回り、親不知(おやしらず)で胸のすくようなチャンバラをした末、ついに敵を倒す――という物語だった。

「親の仇を討つということは、こんなに立派なことなのかしら?」と考えるうちに、美喜はうつら、うつらとしてきた。――と、その時、隣の部屋で何かゴトゴト音がする。それは子どもたちの世話に来ている川手さんという赤十字の看護師だった。

「まだ、寝ないのかしら・・・」。そう思っていると、川手さんは何やら本を読み始めた。「・・・しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ・・・」

美喜は聞き違えかと思った。敵を憎み、迫害する者を殺せ――ではないだろうか?「・・・それから幾日もたたないうちに、彼は遠いところへ行き、そこで放蕩(ほうとう)に身をもちくずし・・・何もかも浪費してしまったのち、この地方にききんがあったので、彼は食べることにも窮し始めた・・・」

一段と川手さんの声が高くなったので、今度ははっきり聞き取ることができた。ははあ、ドラ息子が親に勘当される話だな。父親はそんなだらしのない息子を自分の子とは呼ぶまい。石童丸の父親でさえ世間体のために息子を認めなかったのだから。

「・・・そこで立って父の所に帰って行った。まだ遠く離れているのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首を抱いて接吻(せっぷん)した・・・」

美喜はまたしても聞き違えかと思った。でも、こんなに大きな声で川手さんが読んでいるのだから、やっぱりそう書いてあるのだろう。それにしても、そんなドラ息子を自分で捜しに行くなんて、おかしな父親だなあ。そのうちに、彼女は眠ってしまった。

3日目に、また川手さんは読み始めた。間違いなかった。「敵を愛しなさい」と言っているし、ドラ息子の父親は彼を喜び迎えて盛大な宴会を開いたという結末になっていた。今まで読んだ本とはまるっきり違う立場が書かれていることに、美喜は不思議な感動を覚えた。

そこで川手さんに何の本を読んでいるのかと聞いてみると、彼女は教えてくれた。「これは、聖書ですよ」

美喜は全快すると、また学校に通い始めた。彼女は何とかして聖書を手に入れたいとチャンスを狙っていた。そのうちに、同じクラスの友達が教会に通っていて、聖書を読んでいることを思い出したので、早速聞いてみた。

「そんなにほしいなら、あげてもいいわよ」。友達はこう言って学校に持ってきてくれた。ただでもらっては悪いので、美喜は外国に行った伯父から土産にもらったビーズのハンドバックを代わりに友達にあげた。

それを家に持ち帰って読んでいるのを見た父母の驚きは大変なものだった。「まだ男の子と暴れ回っている方がましだ。この家からキリシタンが出たことになったら、ご先祖様に申し訳が立たない」

父はこう言って、美喜の手から聖書を取り上げると、かまどにくべてしまった。彼女はがっかりして、食事も喉に通らない思いだったが、もう1度手に入れる決心をした。

学校に行ってその話をすると、皆同情してくれ、今度は別の子が聖書を持ってきてくれた。美喜はその友人に京都の舞子の美しい半襟をあげた。

「何度言ったら分かるんだ。うちは代々真言宗だから、そんな西洋の宗教を持ち込んではならぬと言ったはずだ」。父の久弥はこう言うと、また聖書を取り上げ、その日勉強をせずに野球ばかりしていた兄の野球道具と一緒にかまどにくべてしまった。美喜が声を上げて泣くと、兄がそっとその肩を抱いてくれるのだった。

やがて美喜は、小学校から女学校へと進んだ。そして、15歳の誕生日を迎えた日、父から誕生プレゼントに何がほしいかと聞かれた。その時、彼女は言った。

「もしお願いを聞いていただけるなら、教会に行かせてください」。すると、父の久弥は寂しそうな目で彼女を見てから、ようやく許可してくれたのだった。

<あとがき>

私は子どもの頃――ちょうど自宅の前が教会だったものですから――日曜学校に通っていました。紙芝居の上手な先生がいて、とても美しい絵と一緒に「放蕩息子」の物語を聞いて感動したのを覚えています。

病気療養中の美喜のもとに送られた2冊の本は「武士道」と「仇討ち」を説く道徳の教科書みたいなものでした。ある日、彼女はその本と正反対のことが語られているのを耳にします。「仇討ち」に対して「あなたの敵を愛しなさい」と教え、放蕩息子は父から無条件で迎えられたと語られていたのです。

たまたまこの日、岩崎家の子どもたちの介護のために派遣された赤十字の看護師が隣室で聖書を読んでいたのですが、それを壁越しに聞いた美喜は、その日以来聖書に強く心を引かれるようになりました。こうして、男まさりの暴れん坊の少女は、不思議なきっかけから、キリスト教と出会うことになったのでした。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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