栄光への変貌 穂森幸一(165)

2020年9月3日12時08分 コラムニスト : 穂森幸一 印刷
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それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。そして彼らの目の前で、御姿が変わり、御顔は太陽のように輝き、御衣は光のように白くなった。しかも、モーセとエリヤが現れてイエスと話し合っているではないか。すると、ペテロが口出ししてイエスに言った。「先生。私たちがここにいることは、すばらしいことです。もし、およろしければ、私が、ここに三つの幕屋を造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ。」(マタイ福音書17:1〜4)

全人類の罪を身代わりに背負う十字架という働きの前に、イエスを励ますために律法の代表であるモーセと預言者の代表であるエリヤが現れたのが変貌山の出来事です。そして特別に選ばれたペテロ、ヤコブ、ヨハネという3人の弟子だけにキリストの本来の姿である光り輝く栄光のキリストを見せてくださったのではないかと思います。

この変貌山の場所については、ガリラヤ地方のタボル山説とガリラヤから少し離れたヘルモン山説があります。私も以前はタボル山と思っていましたが、わざわざ「高い山」という表現がありますし、人目を避けるという観点からもヘルモン山が妥当なのではないかと最近思うようになりました。

そしてそこに現れたのがモーセとエリヤだというのが、どうして弟子たちに分かったのかというのは不思議です。2人とも古い過去の時代に亡くなった人であり、弟子たちは顔を見たことはないはずです。当然、写真やイラストなどがあるはずはありません。恐らくイエスが呼び掛けられたから分かったのかもしれません。

ここに示されているもう一つの不思議は、モーセもエリヤも数百年前に肉体は滅びたはずなのに、イエスの前に姿を現すことができたという事実です。これは私たちの肉体が滅んでも、主の力によればいつでも姿を現せるということを暗示しています。

この感動的なシーンを目の前にしたら、誰でも舞い上がってしまうのではないかと思います。ペテロは興奮して「ここに三つの幕屋を造ります」と叫んでいます。新改訳聖書は「幕屋」と訳していますが、別な翻訳では「小屋」と表現してあります。ギリシャ語の原文はどちらにも受け取ることができるようです。仮庵の祭りなどで用いられる小屋の意味にも受け取れます。ユダヤ人であるペテロがとっさの出来事の中で発した言葉は、ユダヤ人の中にある思想とか習慣を反映しているのではないかと考えてもいいのではないでしょうか。

私はここに用いられている単語「幕屋」でも「小屋」でもない「社」という表現がぴったりくるのではないかと思います。古代のユダヤ人は事あるごとに社とか神殿を建てる習慣があったのではないかと想像しています。今日のイスラエルに古代の社は現存していませんから、現実的な考えではないのかもしれません。

一説によると、シルクロードを通ってはるばる東の果ての島国までたどり着いた古代ユダヤ人たちが、数多くの神社を日本各地に建てたといいます。全国の神社の数はコンビニエンスストアの数をはるかに凌ぐといわれています。なぜ古代ユダヤ系とおぼしき人々が神社や寺院の建築に奔走したのかということを考えることは、日本文化の原点をたどることになるのではないかと思います。

神社という存在は、日本の文化と伝統の基本になっていると思います。ある神道関係者が話していたことですが「神社は日本の国内でしか造れない」といいます。それは鎮守の森と一体化したものだからというのです。

明治神宮を見ると、神社の意味が分かります。あそこはもともと武蔵野の原野でした。そこに人工的な森が造られ、そして明治神宮が建立されました。日本の植林技術や造営技術が結集された作品でした。この森は150年たったら完璧な森になるように設計され、全国から10万本の苗木が集められました。ところが都心にありながら150年たたずして素晴らしい森となり、オオタカが巣作りをするほどになりました。外国人も神宮の森を散策するのを好むそうです。心がとても落ち着くというのです。

一番理想的な神社は伊勢神宮だと思います。余計な飾りは一切なく、もちろん偶像もなく、清めのための五十鈴川が流れています。シンプルなのに厳かさがあります。ユダヤ教の神殿とそっくりといわれる祭殿があります。日本文化の流れを踏まえていけば、キリスト教の布教にも通じる鍵を見いだすことができるかもしれないと思うのは、私だけでしょうか。

私の知り合いの先輩牧師の話です。この方は田舎伝道を目指していたのですが、思うように布教ができず苦慮していました。しかし、その人柄もあって地域の人々から愛されていました。この牧師は田舎に立派な礼拝堂を建てたいという夢を持っていて、会う人ごとにそのことを話していました。そうすると地域の人々が、自分たちが応援するから建てればいいじゃないかという話になりました。地域の募金や労力奉仕、建材提供などが実現し、立派な会堂になりました。

この牧師は「この会堂は地域の皆さんの協力で建ちましたので、礼拝をしていないときは皆さんで使ってください」と申し出て、地域の集会所としても使われることになりました。そうすると、ある方が家を建てることになり、地鎮祭を牧師にしてもらいたいと申し出てきました。そして、棟上げ式の祈りも依頼されました。それを見た他の方々も同じように依頼するようになりました。そして子どもの宮参りの代わりに教会で幼児祝福式をするようになりました。その流れで結婚式の依頼も入り、葬儀も教会でするようになったそうです。そうすると自然な流れで洗礼を受ける人が増えたそうです。

国宝級の神社仏閣のある宗派はそれなりに栄えています。これは私の個人的な見解ですが、日本はまず立派な会堂を備え、地域になじむようにした方が宣教の助けになるのではないかと思います。形から入っていくのが日本の流儀かもしれません。

あなたの天幕の場所を広げ、あなたの住まいの幕を惜しみなく張り伸ばし、綱を長くし、鉄のくいを強固にせよ。(イザヤ書54:2)

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穂森幸一

穂森幸一(ほもり・こういち)

1973年、大阪聖書学院卒業。75年から96年まで鹿児島キリストの教会牧師。88年から鹿児島県内のホテル、結婚式場でチャペル結婚式の司式に従事する。2007年、株式会社カナルファを設立。09年には鹿児島県知事より、「花と音楽に包まれて故人を送り出すキリスト教葬儀の企画、施工」というテーマにより経営革新計画の承認を受ける。著書に『備えてくださる神さま』(1975年、いのちのことば社)、『よりよい夫婦関係を築くために―聖書に学ぶ結婚カウンセリング』(2002年、イーグレープ)。

株式会社カナルファホームページ
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