神の選びの不思議 穂森幸一(162)

2020年7月23日20時46分 コラムニスト : 穂森幸一 印刷
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兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。(1コリント1:26、27)

幼少期の私は、何も誇れるものがなく、家族にとってお荷物の存在だったのではないかと思います。生まれたときから足が弱く、2歳すぎまで立ち上がることもできなかったそうです。小学校に入る前に、1から10まで数えることと、自分の名前を書く練習をさせられたのですが、まともにできませんでした。母親はため息をついて、何でこんな子が生まれたんだろうと嘆いていました。小学校入学の時に初めて見た広い校庭を前にして、へたり込んでしまった記憶があります。

自閉症傾向のコミュ障害という状態でおまけに運動音痴ときていますから、誰からも相手にされるわけはありません。いつも一人の世界に閉じこもっていました。正月など家族で楽しく過ごしているときも仲間に入れず屋根裏部屋で一人を楽しんでいたような変人でした。当然、学校の授業についていけるわけもなく、劣等生でした。

小学校4年生になったとき、ローマ字を習い始めました。担任の先生が厳しい人でちゃんとできない生徒は帰さないと言っていました。当然、私は最後まで残されてしまいます。そのことを同級生が私の父に話しました。そうすると父親はこれではいけないということで家庭教師を探してくれました。

その先生は学校の教職員を目指している大学生でした。その方の自宅に私が通うことになりました。初めてその方の家を訪ねたとき、蔵書が詰まっている部屋に案内して、しばらく待っているように言われました。退屈した私はそこにあった書籍を取り出し、眺めていました。そうすると先生が部屋に入って来て、「本というのは手にとって触るだけでもいいんだよ。最初は文字を読もうと思わないで、写真を眺めたりするだけでもいいんだよ。いつでもこの部屋に来て、好きなだけ手にしていいからね」と話してくれました。

その先生の教育方法は少し違ったやり方でした。大学の理科実験室に連れていってくれて、透明な液体を2つ混ぜたら色がつくとか、2つの薬品を混ぜたら発火するとか実験をさせてくれて、「面白い」と興味を持つことができました。ある時は動物園に連れていって、飼育係と話をさせてくれて、飼育小屋の裏側を見せて動物の生態を教えてくれました。また、時には歴史的な場所に連れていってくれて、岩とかいろいろなものに触れさせてくれました。上手に好奇心を引き出してもらえたと思います。

この教育の成果なのかどうか分かりませんが、私の頭の中のスイッチが入り、勉強が好きになり、そして何よりも本のとりこになっていました。時間があれば図書館にこもるようになっていました。本の世界は無限に広がっていて、時代や空間を超えてどこにでも行くことができるし、世界中の偉人に会うことができました。ヘレンケラーの伝記を読んだときは、サリバン先生との出会いのシーンで胸が熱くなりました。

コミュ障害のために自分の気持ちを上手に表現できずにストレスを溜め込んでしまい、かんしゃく持ちになっていました。よくかんしゃくを起こす私に母親は、お寺に修業に行かないと私の性格は治らないと嘆いていました。私は小学校の図書館に寄贈された聖書を手にしたとき、何か引かれるものを感じるのですが意味を理解することができませんでした。近所に教会もありませんし、知り合いにクリスチャンもいませんでした。

新渡戸稲造、内村鑑三、新島襄の伝記を読んだとき、心に強く迫るものを感じました。私も大人になったら彼らみたいに米国に行くということが心の中の目標になりました。ですから、中学校に進んでからは何とか英語を話せるようになりたいという思いが強く、ラジオの基礎英語、英会話を朝と夕、2回聞いていました。朝は牛乳配達のアルバイトをしていましたので、自転車にトランジスタラジオを括り付けて聞いていました。3年間続けたら、簡単な英会話はできるようになっていました。教会に通い始めた口実も最初は英語の勉強ということでした。

日本と米国はちょうど地球の反対側になります。地球の反対側に行ってみると、人の評価も逆になることがあります。私がいつも通知表で指摘されていたのは、友達づくりが下手とか、協調性に欠けるということでした。ところが米国に行くと、個性的とか独創性があるという評価でした。どちらがいいというわけではありませんが、いつも2通りの見方があるということを心に留めておくことは必要だと思います。自分の周りの人々の意見だけで落ち込み、早々に結論を出す必要はないと思います。

「息子の幼少期に十分かわいがらなかったから耶蘇(やそ)に行ってしまった」と私の母親は嘆いていたそうですが、「万事を益としてくださる神様」のおかげで私はキリストの救いに導かれました。

幼少期の私は、人見知りが強く、対人恐怖症でした。おまけに吃音(きつおん)気味で、聞き取りにくいところがありました。とても伝道者となれる器ではありませんでした。コミュニケーション障害に悩む私のような者をなぜ神様が選んでくださったのか、今でも不思議に思います。

牧師として十分な働きができたのか自分の人生を振り返れば、満足な働きは何一つできなかったと反省の気持ちばかりが出てきます。しかし、私が神様の御言葉を取り次ぐことで救いに導かれたという方が一人でもいらっしゃれば、それで十分満足です。

しかし、私たちの救い主なる神のいつくしみと人への愛とが現れたとき、神は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました。(テトス3:4、5)

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穂森幸一

穂森幸一(ほもり・こういち)

1973年、大阪聖書学院卒業。75年から96年まで鹿児島キリストの教会牧師。88年から鹿児島県内のホテル、結婚式場でチャペル結婚式の司式に従事する。2007年、株式会社カナルファを設立。09年には鹿児島県知事より、「花と音楽に包まれて故人を送り出すキリスト教葬儀の企画、施工」というテーマにより経営革新計画の承認を受ける。著書に『備えてくださる神さま』(1975年、いのちのことば社)、『よりよい夫婦関係を築くために―聖書に学ぶ結婚カウンセリング』(2002年、イーグレープ)。

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