「かろうじて爪の先で引っかかっている」シリア正教会の司祭がキリスト教徒の中東からの脱出を語る

2016年4月4日11時39分 翻訳者 : 木下優紀 印刷
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デール・ジョンソン神父は過去30年間を中東で過ごし、そのほとんどをトルコ南東部、イラク北部とシリアで過ごした。(写真:フェイスブック)

1991年7月28日にデール・ジョンソン神父がシリア正教会の司祭として叙聖されたとき、式を執り行った主教は力強いメッセージを伝えた。「あなたは私たちとディアスポラ(離散された民族)の懸け橋となるでしょう。古代教会は博物館に成り下がるべきではなく、生き続けるべき教会です。その隔たりに立ち、声となること、これがあなたの使命です」

これがジョンソン氏を母国である米国からヨーロッパ、中国、世界各国へと連れ出した任務だ。過去30年間、彼はその多くを中東諸国、特にトルコ南東部、イラク北部とシリアで過ごし、キリスト教徒、シーア派のイスラム教徒、ヤジディ教徒など多くの宗教的少数派の脱出を目の当たりにしてきた。65歳になったジョンソン氏は現在修道士として暮らしており、ディアスポラを旅行し全ての宗教の難民や無宗教の難民を支援している。彼は現在、過激派組織「イスラム国」(IS)などの団体が今も行っている残虐行為から逃げてきた100万人以上の人々が暮らしているドイツの難民キャンプで働いている。

英国クリスチャントゥデイとのロングインタビューで、ジョンソン氏は自身の働きを、迫害された人々や弱い人々を助けるという教会の使命に不可欠なものと位置づけていると語った。彼はイエスの言葉であるアラム語の方言、シリア語で礼拝を執り行い、難民と共に祈った。ジョンソン氏は、それが自宅から数千マイルも離れた地にいる人々にとって、癒やしのプロセスの一つとなると述べた。「人々が知っていることです。その歌を知っています。たとえ外国の地にいるとしても、また自宅にいるように感じます。なじみがあることです。私が提供できるのは、彼らが子どもの時に覚えた彼ら自身の言葉での祈りと、彼らになじみがある礼拝での動きです。これら全てによって癒やしがあるのです。

信仰は難民の多数にとって、ドイツでの「真の錨」となっているとジョンソン氏は述べた。彼が会った人々の多くは、丸2年間路上生活を送っている。「人々の強さには驚かされています。人々と会って話をすると、彼らはしばしば悪夢を見るといいます。人々は身体的にも霊的にも傷ついており、表面からは見えない苦しみを負っています」

しかし、ジョンソン氏は、最も必要が大きいのは、中東に残って迫害されている人たちだと主張した。「最も弱い人々は、ここ(ヨーロッパ)に脱出できた人ではなく、残された人たちです」とジョンソン氏は説明した。「お年寄り、障がい者、脱出の資金や手段、機会を持たない人たちです。彼らが最も多くを必要としています。もしここに来られるだけの強さがある難民にだけ仕えるのならば、与えられた仕事の半分しかしていないことになります。ここに到着した人1人につき、中東に残っている少なくとも1人を支援するのが道徳的義務だと私は信じています」

ジョンソン氏の取り組み「Seeds of Hope(希望の種)」が始まったのはこの決断からだった。2年前、彼はトルコの司祭に、地域の難民に会ってその必要が何なのか調べるよう依頼された。彼はチームを連れてイラクに渡り、2千以上の家族と話した。ジョンソン氏は、NGOを設立するという夢で「大それた考え」を持っていたが、ISが統治しているモスルを脱出したある女性と話したとき、さらに単純なものを設立するよう召されていると感じた。

「あるお年寄りの女性の手を取り、彼女が私に怒ったとき、私は1日中泣き続け、涙が枯れました。彼女は見上げて、『私が家に帰り、庭にまいて家族に与えられるように、種をくれればそれでいいです』と言いました」

ジョンソン氏はそれを、「光が射した瞬間」だと述べた。「私は壮大な計画を精密に立てたかったのです。そしてこれは、家族を守りたい母親の、シンプルで力強い声でした」

『Seeds of Hope』はISから逃げた家庭に土地とガーデニング用品、種を支給し、野菜を育てて自給自足をする尊厳と、究極的には希望を与えることを目的としている。この取り組みはニナワ州ダホークの難民キャンプやトルコ南部の幾つかの場所ではすでに行われている。多くの修道院が土地を提供し、マルディンのすぐ外にあるミドヤト難民キャンプでは、そのほとんどがヤジディ教徒である約1万人が参加するよう招かれている。

ジョンソン氏は、中東における彼の民の古代文化を保護するという召命を明確に感じており、滞在し続けることを選んだ少数の司祭や修道士をたたえた。

「私は30年にわたりこの地域で働いています。そして私と同じ信仰を持つ人たちや他の宗教的少数派の人たちが、波のように中東を去って行きました。多くのシリア正教徒の間に、もし最後に残っている人が去るなら、その時が終わりだという認識の兆しが出てきたのです。これは非常に強い感覚です。だからこそトルコ南東部、イラク北部、シリア北部の人の一部に、もし去ることができたとしても、それでもおそらく去るべきではないだろう、とどまるべきだろう、私たちが最後だと思わせるに至ったのです」

とどまることを選んだ人々は「文化的イコンを堅持している」とジョンソン氏は続けた。「(以前ジョンソン氏が住んでいたトルコ南東部の)ガブリエル修道院は327年に建築されました。これらはほとんどキリストの時代にまでさかのぼる、壮大な、なお使われている施設です。誰かがとどまらなければなりません。率直に言うならば、私たちは爪の先で引っかかっており、多くのケースでは1軒の建物に1人か2人の修道士あるいは司祭が1人だけ、所によっては一つの村に対して1人か2人の修道士、あるいは司祭が1人といった状況です。私たちが去れば、それを失います。私たちはすでに、私たちがトゥル・アブディンと呼ぶこの地域の古代の宝物や遺物を、数百とまではいかないまでも多くを失いました」

「私たちはキリスト教の歴史を堅持しているのです」とジョンソン氏。「一方、これは岩の山でそう重要ではないというべきかもしれません。私たちの文化と文化の記憶は、なにか物質的なものに根ざすべきではありません。しかしそうなのです! それは祖母のティーカップを取っておいているようなものです。それを持つと、祖母を近くに感じます。ですから私たちはそこにとどまるのです」

ジョンソン氏の熱意は明白で、彼はそれを自身の養育背景が理由だとする。ジョンソン氏の父親は、ジョンソン氏がまだ幼い時に自殺した。そのためジョンソン氏は、熱心なルーテル派の信者の家庭で養育された。「私は人生のセカンドチャンスを得て、素晴らしい家庭で育てられたのです。私は深いところで、これはつながりの一部だと感じています。この人たち(難民)は欧米諸国によって養子とされる必要がある人々で、困難な状況から救い出されたのです」

しかし熱心さはあっても、決して未熟なことはしない。彼はイラクの武装勢力に2回誘拐されたことがある。1回は1991年に3日間拘束され、4年後に再び誘拐された。2回目は4カ月間拘束され、モスクからモスクへと連れ回された。

とはいえ、彼は再び標的とされることを恐れているだろうか。「いいえ、私は自分の命は恐れていません」と彼は簡潔に答えた。「私は危険に動じないわけではありませんし、頭上に特別な後光が射しているわけでもありません。私は他の人と同じように弱いのです。そのような経験に押し潰されることもできますし、そのような経験からより自分を高めることもできます」

※この記事は英国クリスチャントゥデイの記事を日本向けに翻訳・編集したものです。一部、加筆・省略など、変更している部分があります。

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