社会的弱者の友として―賀川豊彦の生涯(5)無償の愛

2016年3月4日14時44分 執筆者 : 栗栖ひろみ 印刷
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すっかり仲良しになった花枝と熊蔵は、賀川にまつわりついて離れなくなった。そのうちに虎市というやくざの子どもも彼になつき、甚公、やぶさんといった仲間を連れてきた。彼らは、賀川がどこへ行くにも付いてきた。

(そうだ。子どもたちのために日曜学校を始めようじゃないか)と、彼は考えた。(子どもの純真な心に神の愛を刻みつければ、将来何かの助けになるだろうから)

そのうち、関西学院神学部の友人たちがボランティアとして来てくれることになったので、賀川は2軒おいた隣の家を借りて日曜学校を始めることにした。

いよいよその日。鼻をたらした子、すすけた黒い顔をした子などが押し寄せてきた。中には下駄を脱がずにそのまま上がってしまう子もいた。また、ほとんどの子が乱暴に下駄を脱ぎ捨て、自分のものも他人のものもごっちゃにしてしまうので、整理するのにひと苦労だった。

そして、話を聞いている最中にも大声でしゃべったり、けんかをしたり――で、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。やっと彼らを帰してしまうと、賀川たちはぐったりしてしまった。

「まるで戦場みたいだな」と彼が言うと、「でも、こんなスラムに初めて日曜学校ができたなんて素晴らしいじゃありませんか」と、ボランティアたちは励ましてくれるのだった。賀川は、ここで始めようとする社会事業に「イエス団」という名前を付けた。

続いて教会が始まると、あちこちから人々が集まってきた。賀川は、教養もなく、道徳的にもレベルの低いこれらの人々にどうやったら分かりやすく神の愛を伝えられるかと考えてきたが、良い例を思いついた。

「神様の愛を例えるなら、赤ん坊のおむつを替える母親みたいなものです」。そう語ると、彼らはゲラゲラ笑い出した。

「赤ん坊はね、おむつが汚れても自分で替えることができないから泣いて知らせます。そうすると、母親は夜中でもすぐに起きてそれを取り替え、自分の胸に抱いて眠らせます。ひたすらわが子を愛し、全てをささげるこの母の姿こそ、神様の愛そのものなのです」

「へーえ、そんなものかね」。一番前で豆をポリポリ食べていた男が感心したように言った。

そんなある日のこと。稲木が一人の車夫を連れてやってきた。「先生、こいつの家の赤ん坊がゆうべ死んだんだと。ところが葬式代が一文もないそうや。何とかしてやってくれ」

一緒に車夫の家に行ってみると、布団の中にまるで猿の子のようなものが死んで寝かされていた。両眼はつぶれ、頬の肉は落ち、両手は枯葉のようにひからびている。

「実は先生、5円でこの子をもろうてきましてな」と、車夫の妻が話をした。お金に困ったので、死ぬばかりになっている子を5円で引き取り、おかゆばかりをやっているうちに死んでしまったという。実はこのような「もらい子殺し」というのが貧しい人々の間で流行していたのである。

賀川は涙をこぼして、たらい回しにされた赤ん坊を引き取り、「おいべろう」と呼ばれている死体処理人に火葬してもらったのであった。

そこへ、また花枝と熊蔵が呼びに来た。「猫のおばあちゃんが泣いとるから来て」。彼らに手を引っ張られるようにして行ってみると、80歳を超える老婆が、ペタンと土間に座って泣いていた。そして、その周りには13匹ほどの野良猫がすり寄ったり、頭をこすりつけたりしている。

「おばあちゃん。テンティを連れてきたよ」。花枝がいたわるように言った。

「先生・・・世の中、不公平だんなあ」。老婆は、泣きながら身の上話をした。彼女は以前に身寄りのない子を引き取り、自分はくず拾いをしながら育て上げた。しかし、女の子は成人するとだんだん老婆をばかにしてつらく当たるようになり、やがて結婚して子どもができると、家を追い出してしまったのだという。

老婆は、幽霊が出るといううわさの家を安く借りて住み、怖いので猫を飼うようになった。そのうち生きることに絶望して自殺しようと首に縄をかけたが、途中で縄が切れて死ねなかったというのである。

「確かに、不公平だと思えることが世の中にはたくさんあります。でもね、おばあさん」。賀川は、老婆のしわくちゃな手を取った。「本当言って、世の中は公平です。われわれが憎んでも、愛と許しをもって報いてくださる方がいるんですよ」

そして、彼はイエス・キリストの話をこの老婆に聞かせたのだった。それからこの老婆は日曜ごとに教会に来るようになり、13匹の猫も日曜学校の子どもにもらわれていった。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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