死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―(57)妻は何番目か 米田武義

2016年3月3日07時16分 コラムニスト : 米田武義 印刷
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妻は何番目か

病気を宣言されて死を覚悟したときに、自分は誰を一番愛しているのかを考えた。あえて順位をつけてみた。妻、子ども、両親・・・。当然かもしれないが、妻が第一であった。

自分と妻とは、血のつながりはない。両親や子どもたちとは血のつながりがある。にもかかわらず、妻に慈しみの心を一番強く感じるのはなぜだろう。

妻に持つ関心、同情やいたわりの心は、私が思うほど、妻は感じていないかもしれない。また、男と女では異なるかもしれない。男は、特に年配の男は表現が下手なので、なおさらそのギャップは大きいかもしれない。

これら私の妻に関して持つ情は、長年連れ添い、苦悩、喜怒哀楽を共にしてきた結果だろうか。よく付いてきてくれた、という感謝の思いからなのだろうか。あんなに若く輝いていたときもあったという、一種のノスタルジアからなのだろうか。それとも・・・といろいろ考えてみると、どれも当たっているように思える。

しかし逆に、意地悪く、もし妻に意中の人がいるならば、私はそれでも妻に対して、こんな清い心を持つことができるだろうかと仮定してみると、私は即座に、そういう心を持つことはできないと思う。一見強固に見える私の思いも、たちまちのうちに失せてしまう。

これから見ても、妻に対する思いや心の絆は、根本的に、目に見えないものによってつながれていることが分かる。血をも含むものではないということである。

神が私たち、男と女を造った目的は、結婚することにありとし、2人の結婚を祝福すると言われた(創世記1:27、28)。神は霊であり目に見えないが、この神が、夫婦を目に見えないものによってつないでくれ、祝福してくれている。また、逆説的に考えると、神という仲介者のいない結婚は、夫―神―妻という三者から成る結婚と比べて、非常にもろいともいえる。

神の祝福を受けた夫婦関係は、夫婦が一心同体となるよう神が祝福してくれるので、精神的、肉体的に、一番深いところで一致し合えるように、神が導いてくれるからである。

人は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となる」(マタイ19:5)

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米田武義

米田武義(よねだ・たけよし)

1941年4月16日、大阪生まれ。大阪府立三国丘高等学校、国立静岡大学卒業。静岡県立清水東高校定時制教師を勤めた後、東北大学大学院、京都大学大学院(国土防災技術(株)国内留学生)で学ぶ。国土防災技術(株)を退職し、(株)米田製作所を継承する。2008年4月8日、天に召される。著書に『死に勝るいのちを得て―がん闘病817日の魂の記録―』(イーグレープ)。

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