世界はわが教区―ジョン・ウェスレーの生涯(4)エプオース村の改革

2020年11月18日13時26分 コラムニスト : 栗栖ひろみ 印刷
+世界はわが教区―ジョン・ウェスレーの生涯(1)猛火から救われて
ジョン・ウェスレー(1703~91)(画像:Frank O. Salisbury)

1726年5月。ウェスレーはリンコルン大学の特待生に選ばれた。ここで彼は、神学、歴史学、詩歌、物理学、雄弁学、ヘブル語、アラビア語などを学んだ。成績がずば抜けて優秀だったので、ゆくゆくは大学に残って学者か教授になるだろうと期待されたのだが、意外にも彼は健康がすぐれない父親を助けるために副牧師となり、エプオースに帰ったのだった。

エプオース村は少しも変わっていなかった。昼間から酒を飲み、賭博をし、大声で流行歌を歌ったり、若い娘をからかったりしていた。また主婦たちは、あちこちの辻にかたまって低俗な世間話やうわさ話に明け暮れていた。彼らは、ウェスレー牧師の息子が学問を修めて帰ってきたことを知ると、たちまち好奇心と憎悪の目を向けた。

「見ろよ、ウェスレーのばか息子が帰ってきたぜ。おやじさんの代わりに説教をするんだと。笑わせやがらあ」。彼らは日曜日になると、ぞろぞろ教会にやってきた。これは説教を聞くためではなく、若い副牧師をからかい、ヤジを飛ばすためであった。そして、説教が始まると、いっせいに口笛を吹いたり、罵倒したりした。

「もっと大きな声で話せよ、この青二才!」教会堂は、罵倒で揺らぐかと思われた。しかし、ウェスレーは落ち着いて説教を終えると、最後にこう言った。

「私は確信します。信仰復興の運動がこの暗黒の地、腐敗しきった英国において起こることを! そして、その運動を最初に始めるのがこのエプオースの住民であるあなたがたであることを」

「くだらないことを言うな! 帰れ!」どこからか石が飛んできて、彼の額に当たった。彼は血が吹き出す額を押さえてしばらくうずくまっていたが、再び立ち上がった。――と、その顔が輝いた。病床にいるはずの父サムエル・ウェスレーがいつの間にか会堂の扉の所に立っているではないか。彼は力を得て、説教を締めくくった。

「人にはできないが、神はおできになる。私は今、はっきりと確信します。近いうちにきっとこのエプオース村が新しく生まれ変わるということを」

彼が講壇を降りると、人々はおとなしく帰っていった。父サムエルは、彼をつれて教会堂の庭に出た。そこにはちょうど若木になったばかりのさんざしの木が柔らかな芽をつけていた。

「この木を覚えているかい?」父は彼に言った。「これは昔、芽を出しかけたときに火事になって焼けてしまったのさ。ところが焼け跡から再び芽を出し、今ではこんなにしなやかで美しい芽をつける木に育った。だからジョンや、人の目には分からないが、神様はすべてを益としてくださるのだよ」

「ああ、本当です、お父さん」。ウェスレーは言った。「私たちのすべきことは、ただ種をまくこと。そして水を注ぐことなんですね」

その日からウェスレーはこのエプオースに留まり、3年の間父を助けて説教をし、村人たちに少しずつ感化を与えていった。村の人々と交わるうちに、彼は20代、30代の若者たちが昼間から酒を飲んで仕事をなまけたり、賭けごとをしたり、悪い遊びをするのを見て心を痛めた。彼らは生活に希望が見いだせず、将来の夢もなく、ただぶらぶらと毎日を過ごしているのだった。

ウェスレーは努めてこれらの若者たちと言葉を交わすようになり、彼らの家を訪問したり、彼らを食事に招いたりしてその話に耳を傾けるようにした。すると次第に彼らは心を開き、ポツリ、ポツリと話をするようになった。集団になると悪いことをする者も、一人一人向き合えば、それぞれ孤独で、悩める魂を持っていることが分かったのである。

ウェスレーは、言葉ではなく行いによって彼らに感化を与えたいと考えた。彼は4時に起き(これはウェスレーの4時起きと呼ばれ後々まで有名になった)、勉強し、家族と朝食をとってから村人と一緒に畑仕事をした。その後、村人たちを訪問して語り合い、病人を見舞い、悩んでいる者の相談相手をした。夕食後は集会に出掛け、帰ると深夜まで勉強し、就寝。

このようなウェスレーの努力が実り、いつしか村人の間から悪い習慣が消えていった。また俗悪なむだ話や人の悪口も聞かれなくなり、殺傷やけんかも見られなくなって、代わりに賛美の歌声が農家から流れるようになった。そして、彼らのあいさつの中に祈りの言葉が織り込まれるようにさえなったのだった。

<あとがき>

ジョン・ウェスレーの生涯は、まず生家である教会の牧師館に放火されたことが幕開けとなりました。エプオース村の住民というのは、倫理的に意識が低く、昼間から酒を飲み、賭博に興じ、若い娘をからかったりするような人たちばかりでした。ウェスレーが大学教育を終えて故郷に帰り、健康がすぐれない父親に代わって礼拝説教をすると、待ってましたとばかり、彼らは大声でヤジを飛ばし、罵声をあびせるのでした。

父のサムエル・ウェスレーは、そんな息子を庭に連れ出し、さんざしの若木を見せます。それは、芽を出しかけたとき、火事で焼けてしまったが、今ではしなやかな美しい若木に成長していたのでした。父は彼を諭します。「人の目には分からないが、神はすべてを善しとしてくださるのだ」と。その言葉に力を得たウェスレーは、訪問や共に食事をして交わりを深めるといったやり方で若者たちの心をつかみ、エプオース村の改革を成し遂げたのでした。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。12年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。

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