鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの生涯(1)故郷を離れて

2020年2月12日18時36分 コラムニスト : 栗栖ひろみ 印刷

スコットランドのダムファームリンにも産業革命の波が押し寄せ、町には大きな工場が立ち並び、家内工業から大量生産に切り替えられつつあった。機織(はたおり)業者のウィリアム・カーネギーは、細々と家内工業で生計を立て、妻マーガレット、長男アンドリュー、次男のトムと共に暮らしていた。そのうち、家内工業だけで生活ができなくなると、彼は大きな問屋の下請けをしながら家族を養った。

1843年春。8歳になったアンディ(アンドリューの愛称)はロバート・マーティンの経営する学校に入ったが、勉強はよくできていつも一番だった。先生はある日、皮の表紙のついた厚いノートを彼にくれてこう言った。「大きくなったら、立派な人になるんだよ」。アンディは大喜びで、そのノートを「研究ノート」と名づけ、いろいろ気がついたことや、先生の言葉で印象に残ったものを書きつけた。

クラスの友人の中には貧しい商店や下請けの職人が多く、家の手伝いをしているために勉強する暇のない子もいた。アンディはそうした事情をよく知っていたので、自分のノートを写させてやり、宿題を手伝ってやった。アンディの家も貧しかったので、彼自身近くの家々を回って水汲みをして、わずかな賃金をもらって家計の足しにしていたのである。そんな彼はいつもクラスの人気者だった。誰もが彼と仲良くしたかった。この少年は周囲の人と良好な関係を築いていける特別な能力を持っていたようだった。

アンディは誰とも仲良くしたが、一番の仲良しはラウォダー叔父だった。ある時、叔父は彼と自分の息子ジョージをダムファームリンの古い寺院につれていった。そして2人の肩に手を置くと、寺院の塔に刻んである「ロバート・ブルース国王」という文字を見せた。「この人はスコットランドの独立のために戦って勝利した人だよ。また、ウォーレス将軍も同じように独立のために戦って殺された人だ。いいかい。英雄というのは人々の幸せのために犠牲になれる人だ。人間にとって一番大切なものは勇敢な心と雄々しい態度なんだよ。それを忘れずにね」

2人は感動した。「僕も大きくなったら何か立派なことをして世の中の役に立ちたいな」。アンディが言うと、ジョージもうなずいた。「僕もだ」。そして、彼らは手を握り合ってそのために励むことを誓い合うのだった。

そんなある日。アンディは友達を集めた。「ちょっとみんなに手伝ってもらいたいことがあるんだ」。そして、彼らを裏庭に作ったウサギ小屋に案内した。「ウサギに子どもが生まれたんだ」。「わあ、かわいいな」。皆、中を覗き込んだ。「それでお願いしたいのは、みんなで野原に行ってタンポポやクローバーをできるだけたくさん集めてきてもらいたいんだ」。「そんなことなら、わけないよ」。彼らは出かけて行き、間もなく両手に抱えきれないほどのタンポポやクローバーを集めてきて、ドサリと彼の前に置いた。

「ありがとう。それでお礼なんだけど、生まれたウサギにみんなの名前をつけることにしたいんだ。こんな名誉なことはないじゃないか。一人一人の名前があとまで残るんだよ」。そう言われると、友人たちは自分の名前が残ることに誇らしい気持ちになるのだった。「それでいいかい?」「ああ、いいとも」

その時、アンディの母親が来て手招きをしたので、アンディはそばに行った。母は赤い目をしていたが、涙はこぼしていなかった。「あのね、アンディ。私たちはアメリカに行くことになったんだよ。明日学校に行ったら、わけを話して、皆さんとお別れをしていらっしゃい」

アンディは友達の所に戻っていった。まだみんなはウサギ小屋の前にいた。「ねえ、みんな。僕は家族とアメリカに行くことになったんだ。だから、みんなともお別れだ」。そう言って、一人一人にウサギや鳩を全部分けてしまった。アメリカまでつれては行けないことが分かったからである。

「寂しくなるね。それじゃあこのウサギにアンディという名前をつけて大事にするよ」。「そうだ、そうだ。そうしてウサギを見ればきみのこと思い出せるからね」。「ありがとう、みんな。元気でね」

こうして一家は未知の国アメリカに旅立った。最後にアンディの涙に曇った目に映ったのは、古い寺院の塔に刻まれた英雄の名だった。

<あとがき>

信仰偉人伝も、社会事業家、宣教師、思想家、教育者など多彩な顔ぶれを紹介してきましたが、今回は初めて実業家の人生について触れ、その生涯をたどってまいりましょう。鉄鋼王と呼ばれたアンドリュー・カーネギーは、自分の事業が生み出した巨万の富を残らず福祉のためにささげ、世界平和のために協力した人物です。富に惑わされることなく、その地位を誇ることもなく、生涯額に汗して働いたこの人物は、どんな少年時代を送ったのでしょうか?

彼はスコットランドの貧しい職人の子で、家族そろって未知の国アメリカに渡った移民だったのです。彼は本を読む暇も、友達と遊ぶ暇もなく、労働に明け暮れ、正規の教育さえ受けられませんでした。しかし、彼は素晴らしい宝に恵まれていました。高潔な心を持った両親や親類、また彼を雇ってくれた事業主や上司などです。これらの人たちの中で、彼は勤労の喜びと誇りを教えられ、やがて実業家としての成功の道を歩んでいくのです。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。12年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。

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