コロナ禍に見る福音派の対応(2)歴史的に見る「国家と教会の相克」―初代教会から宗教改革―

2020年5月15日14時41分 執筆者 : 青木保憲 印刷
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アウグスティヌスを描いたステンドグラス。ルイス・カムフォート・ティファニー(1848~1933)の作品。(写真:Daderot)

キリスト教の歴史を振り返ると、そこでは常に国家と教会の関係が問われている。時には両者が一体となり世界を席巻したこともあれば、完全な対立構図となり、ガチンコの争いとなったこともある。時代を経るにつれ、宗教の社会的位置付けが低下し、それに伴い決定的な対立は避けられるようになった分、見えない部分での軋轢(あつれき)や癒着が生み出されてしまった。

新型コロナウイルスをめぐる状況も、見方によっては「国家と教会の相克(そうこく)」という古くて新しい「キリスト教の歴史」のワンピースと捉えることもできる。では、順を追って見ていこう。

まず、キリスト教はその誕生の時から国家との軋轢の中にあった。当時のユダヤ地方は、独立した国家としての体裁は取れていなかったものの、ユダヤ教がれっきとした「国家宗教」の位置にあり、イエスが「新しい律法解釈」を打ち出したことで、体制側との間にトラブルが生じた。これは福音書などを見ればよく分かることで、イエスの弟子たちも師匠の言動を振り返ったとき、常に「律法学者・パリサイ人」と対立していたことが忘れられなかったのだろう。四福音書すべてに「クレーマー」的な彼らの姿が描かれている。

やがてイエスが捕らえられ、ローマ帝国の名の下に処刑される。十字架刑という、当時最も重い処罰のされ方である。国家の名の下に福音書記者たちの師匠(イエス)は命を失ったのである。ここで福音派を意識するなら、イエスがその3日後に復活したことも明記しておかなければならないだろう。

次いで聖霊降臨の出来事を経て、初代教会が誕生する。その彼らにとって脅威となったのは、再びローマ帝国である。皇帝ネロが「ローマの大火」の原因をキリスト者に押し付けたかどうかはともかく、4世紀初頭までに教会は数多くの迫害を受け、その中で殉教の死を選ぶ者たちが生まれた。

しかし巨象がアリをけちらすような構図は、コンスタンティヌス帝が登場したことで一変する。313年にキリスト教はローマ帝国で公認され、やがて国教の地位にまで上り詰める。その後、教会は国家との蜜月状態に入る。それを支えたのがアウグスティヌスである。彼が著した『神の国』は、西方教会の基本枠構築に寄与した。

彼の要旨はこうだ。「神は2本の剣を私たちに与えられた。1つは国家、そしてもう1つが教会」。その後、現在に至るまで、彼のこの発言を起点とした議論が行われていることは間違いない。この意見に賛同する者、反発する者、大きくはそのどちらかに分けられてきたし、今も基本的には変わっていない。

その後約千年間、この世の中を実際的に動かす国家(政治共同体)が存在し、それに対して「霊的な」と表現される教会、およびその代表格たるローマ教皇が対峙する、という構図が欧州大陸を動かしてきたことになる。

その中では、教皇と国王の対立が生じ、初めは教皇が圧倒的に力を持っており、1077年の「カノッサの屈辱」のような事件も頻発した。この時は、国家よりも教会が力を持ち、教会の意に沿うように国家が動かされていた時代である。

やがて「教皇は太陽、皇帝は月」という名言を残す教皇インノケンティウス3世が登場し、教皇権は絶頂に達する。おそらくこの時代に今回のようなウイルス禍が発生していたら、間違いなくバチカンが欧州全体を取り仕切っていたことだろう。国家のリーダーたちは、「現人神(あらひとがみ)」たる教皇の「勅令」に唯々諾々と従うのみ、となっていたはずだ。

しかしこの構図は、十字軍の失敗とルネサンスで揺らぎ始め、マルティン・ルターの宗教改革で決定的な転機を迎えることになる。カトリックに抵抗する(プロテストする)勢力が生まれてきたのだ。彼らは国家主義とも結び付き、中世のカトリック教会一極主義を脱し、プロテスタント教会を生み出した。

ところが当のルターは、アウグスティヌスの『神の国』の構造を変えることは考えていなかった。だから「二王国説」を唱え、「神は教会と国家という2つの王国をわれらに与えられた」と考えた。必然的にルーテル派は、ドイツをはじめ北欧諸国で国教ないし国教的地位を確立していく。規模は縮小したものの、国家と教会の蜜月関係は継続されたのである。

「プロテスタント」という考え方は、極端な言い方をすると「あなたと気が合わないけど、神様は大切。だから別々のやり方で神様をあがめましょう」ということになる。要は「棲み分け」しようということだ。その要因の一つに「国家宗教としてのキリスト教」をめぐる是非があり、それを問うようになっていくのは必然的な流れであった。

カトリック教会から距離を置くという考え方は、ルターのみならず、ジャン・カルヴァンやそれ以外の宗教改革者も持っていた。しかし彼らはその新たなキリスト教集団が、国家とも距離を置くべきだとは考えなかった。むしろ中世における国家と教会の在り方、蜜月関係を求めたといってもいい。例えば英国では、ヘンリー8世の離婚問題に端を発し、英国国教会が生まれる。文字通り「国家主導の教会」である。

キリスト教は、誕生から2千年がたっている。そのうちの4分の3の時代(1600年代初頭まで)は、国家と教会は切っても切れない関係にあったことを私たちは深く理解すべきである。迫害、蜜月、対立を繰り返してきたとはいえ、常に二項対立的な「二本柱」として歴史を紡いできたということである。

だが17世紀に入り、アウグスティヌス以来の「二王国」概念に根本的な変革がもたらされることとなった。あるキリスト教史の専門家は「キリスト教の亜種」と表現したが、国家と教会という関わりで考えるなら、これは大きな、そして本質的に異なる概念の誕生といえよう。(続く)

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青木保憲

青木保憲(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。グレース宣教会牧師、同志社大学嘱託講師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

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