世界自転車旅行記(24)30年ぶりのニュージーランド 木下滋雄

2019年2月5日18時05分 コラムニスト : 木下滋雄 印刷
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30年前に自転車で縦断したニュージーランド。2017年3月、長女がワーキングホリデーで1年間滞在している間に、子どもたち皆で自転車を持って訪ねようということにした。前回は1カ月以上かけた旅だったが、今回そんなに時間は取れないので、訪れるのは走った中で最も良かった南島のフィヨルドランドとサザンアルプス。

フィヨルドランドではトレッキングをして、その後自転車でサザンアルプス沿いを走る計画を立てた。トレッキングは世界一美しい散歩道といわれるミルフォードトラックを歩きたいと思った。予約が必要なこの道は、30年前も歩くことができなかった。

世界中から集まるため、数カ月前までに予約しないといけないようで、3カ月前に旅程を決めたときには既に予約がいっぱいだった。その代わり、かつて半分だけ歩いたルートバーンという道を行くことにした。ところが出発10日ほど前になって、ちょうど良い日に5人のキャンセルが出ているのを見つけた。もう歩くことはないと思ったこの道を歩けるのは神様からのプレゼントだと思った。

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ミルフォードトラック

前回の旅でクライストチャーチの教会の礼拝に行き、知り合った方が家に泊めてくださり、その後もずっとコンタクトを取っていたが、今回もその方の所にお世話になることになった。長女の分を含めて4台の自転車、トレッキング、テント、シュラフ、調理器具などのキャンプ用品と、持っていくものは多い。

空港に着くと、そのご一家が迎えてくださり、長女と合流して礼拝に行った。以前と同じように市内を案内してもらったが、その時と違うのはこの街を襲った地震により大聖堂など市の中心部は崩れたままの所が残って痛々しい街並となっていたことだ。家では30年前の写真や僕から送った毎年のクリスマスカードを全部見せていただいた。大事に取っておいてくださるのがうれしかった。

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地震の傷跡が残る大聖堂
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代わりに建てられた聖堂
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世界一急勾配の坂道「ボールドウィン・ストリート」

レンタカーでフィヨルドランドのベースであるテアナウまでは700キロ、そこからクイーンズタウンまで170キロ。日本では一般道を1日で700キロ走るなど考えられないが、町と町の間は時速100キロで走れる。町自体も少ないこの国ではそれが可能だ。夕方には牧場で「天使の梯子」(薄明光線)も見られた。

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「天使の梯子」と呼ばれる薄明光線

テアナウのキャンプ場に自転車を置かせてもらい、クイーンズタウンへ。レンタカーを返し、食料を買い込みバスに乗り、ルートバーントラックの東の登山口へ。その日は1時間ほど歩いて小屋泊まり。本当はもう少し上った所の小屋まで行きたいのだが、他はすべて満室。30年前は、このコースは歩く人が比較的少なく予約は要らなかったのだが、状況が変わったようだ。

次の日もどの小屋も満室で、2日分のコースを1日で歩いて反対側にある出口まで夕方の最終バスに間に合うように歩かなければいけない。もっともミルフォードトラックの予約が取れたのが2日後なので、どちらにしても2日分歩かなければいけないのは同じなのだが。

翌日はまだ真っ暗の中朝食を取り、余裕を持って早めに登り始めた。ここでトラブルが。僕は子どもの頃からぜんそくがあるのだが、この大事なところで発生。発作というほどひどくはないが、重い荷物を背負って山登りはできそうにない。子どもたち3人に荷物を分散して持ってもらい、なんとか峠を目指して登る。

苦しい息できれいな星空の下を登って行き、日の出の頃頂上にたどり着いた。風が冷たいが、朝見る山はやはり格別だ。

ここからは、全体的には下りとなるので、肺に負担がかからず楽になるが、それでも所々に登りがある。時計を見ながら遅れていないことを確認して歩く。昔、「半日登るだけでこれほどの風景が見られる所は世界でも少ない」と言われて来た所だが、その通り、雪を抱く山脈と氷河の削ったU字谷の風景は、苦しみながらも歩く価値がある。

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子どもたちが荷物を持ってくれたおかげで何とか下山しバスに間に合った。4年前こうして子どもたちと初めて自転車旅行をしたときは、僕が一番荷物を持っていたのだが、うれしい逆転だ。

翌日は湖を渡ってミルフォードトラックへ行く。宿はその船乗り場であるテアナウダウンズという場所にしたのだが、一軒宿があるだけでここには店というものがなく、宿に4人の4日分の食料を仕入れておいてもらった。

朝起きると動くだけで苦しいほど調子が悪い。子どもたちと普段話せない思いをゆっくり話したりしながら静まって過ごす。船の出発は午後で、それまでにはかなり回復してきたし、この日の行程は平地を1時間ほど歩くだけだ。予定通り4日間のトレッキングへ出発することにした。

2日目の途中まではほぼ平地なので助かる。3日目には峠越えがあるのだが、翌日の天気予報が悪いので、小屋に着くと元気がある人たちは峠まで行って戻ってきていた。翌日は空身で子どもたちより1時間ほど早く出発したので、峠でちょうど一緒になることができた。曇っていた天気は下り始めるとどんどん回復していき、雄大な山々を見ることができた。

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4日分の食料
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最終日は朝から雨で、ミルフォードサウンドの景色を楽しむことはできなかったのが残念だが、この1日以外はほぼ晴れ、無事に歩くことができて感謝だった。

自転車を預けておいたキャンプ場に戻り、夜はこの辺りだけに住むツチボタルという蛍のように光る虫が住む洞窟を見に行くツアーに参加して、翌日からの後半はいよいよ自転車で走り始める。クイーンズタウンへは幹線道路ではなく、かつて来たときに地元のサイクリストに教えてもらって一緒に走った、湖を渡る船に乗って行くコースが素晴らしかったので、ずっと砂利道だが今回もそちらに向かう。

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ただし、4台の自転車のうち2台はタイヤが細く、荷物を積んでの砂利道はきつい。いずれにしろぜんそくの僕は重い荷物を積んで走れないので、下の子ども2人に主に荷物を持たせてしまい、予定より遅く日が落ちてから中間にあるマボラ湖畔のキャンプ指定地に着いた。

湖の水を湧かして食事とする。日が落ちるとかなり寒いが、満天の星空は素晴らしい。低緯度でなければ北半球では見られないマゼラン星雲や、南十字を含む天の川、石炭袋もはっきり見える。天の川は星で満ちているため、星がない部分が黒く見え、それが石炭袋と呼ばれるのだが、明るい星がかろうじて見えるだけの都会とは、同じ現象でもギャップがあり過ぎる。

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マボラ湖畔から見上げる満天の星空

翌日は、湖を渡る船の最終便が午後4時半なので、最悪それに間に合わないといけない。距離は60キロほどなのだが、途中までは登りだし、余裕を持って出発した方がよい。実際、細いタイヤの自転車のパンクがあったりで、平均時速は8キロほど。ワカティプ湖畔に着くと、湖と前週に歩いた方の雪を抱いた山々を見ながらの気持ちのよい道となる。船乗り場では羊の毛を刈るショーを見、100年前から今も現役の味わい深い蒸気船が湖の向こう、クイーンズタウンまで送ってくれた。

ここまで走行120キロくらい。僕の荷物も持って、山を歩き自転車で砂利道を100キロ走ってきた次女は、ここでリタイヤすると宣言。僕のぜんそくもあって、ここからバスで移動することにした。アオラキという現地の言葉で呼ぶことになったこの国最高峰のマウントクックへと移動。この公園内を自転車+ハイキングでゆったりと味わうこととした。

休んだのであと1日なら走ってもいいと次女が言ってくれたので、もともと目的地としていたテカポ湖までの最後の行程を走ることにした。午前中は遠ざかるアオラキをバックに南下する。なかなか晴れないというこの山は、かつてここに来たときもそうだったが、今回もその姿を見せてくれた。

午後はアオラキから流れる谷を離れて東へ進路を取り、うねる丘を越え、1時間ほど強い向かい風と格闘したりして、日暮れ前あと少しというところで息子の乗っていた自転車のタイヤがすり切れてバースト。タイヤの穴の内側にゴムのシートを忍ばせ応急処置。夕陽をテカポ湖で見たかったが、それは娘たちに託して男2人は日が沈んだ後湖に着いた。

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ニュージーランド最高峰のマウントクック
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テカポ湖

30年前は訪れる人も少なかったこの地は、今はその面影がない大観光地になっていた。この湖畔に「良き羊飼いの教会」というのがある。羊を私たちに例える聖書の言葉は、羊というのが身近にいない自分にとって、この国でその姿を見てイメージしやすいものとなった。

「わたしはよい羊飼である。よい羊飼は、羊のために命を捨てる」。この言葉から名前を取った教会は、コバルトブルーの湖に映え絵になっていたのだが、その教会の前のかつて1台しか止まっていなかった駐車場は、今は観光バスと車で埋め尽くされていた。

夜も教会に行くと誰もいなかったのだが、人であふれかえってにぎわっていた。良いことといえば、あの時フィルムカメラではできなかったこの教会と天の川を同時に写すことがデジカメで今はできるようになったということか。

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テカポ湖畔の「良き羊飼いの教会」と天の川

翌日は日曜なので、この教会の礼拝に出席できるかなと思ったのだが、朝ではなく夕方だというので参列できないのが残念だった。教会の脇の湖畔で、ご自分の言葉通り羊のために十字架で命を捨ててくださったイエス様を家族で礼拝した。

昔いた場所に子どもたちと来て、その時とかなり変わったなと思ったが、神様の造られた自然は美しいまま変わっていなかった。今回は行く寸前に予定が変わり、ぜんそくのトラブルなどありちょっとハードにし過ぎてしまったが、振り返ると子どもたちといろいろ味わえた感謝な旅であったと思う。

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木下滋雄

木下滋雄(きのした・しげお)

1964年横浜生まれ。フォト・サイクリスト。高校時代に自転車旅行と写真を開始し、30歳で五大陸走破を達成。これまでに60カ国延べ6万3千キロを走破している。現在はパラグライダーも楽しむ。ぺトラ建築設計一級建築士事務所主宰。

木下滋雄の1986年以降の自転車ツーリングの記録から

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