世界自転車旅行記(23)サラエボ~ドブロブニクの旅 木下滋雄

2017年4月30日18時33分 コラムニスト : 木下滋雄 印刷
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今回は昨年9月に行ってきたサラエボ~ドブロブニクの旅。

世界遺産を紹介するテレビでモンテネグロのドゥルミトルをやっていた。山がとてもきれいだ。かつて欧州横断をしたときは、当時のユーゴスラビアは内戦中で迂回(うかい)して走った。その後、復興を遂げた様子も見てみたいと思った。

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サラエボのラテン橋
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サラエボの旧市街
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2016年9月17日、サラエボに定刻通り朝8時着。自転車を組み立て、小雨の中、旧市街を目指す。途中オリンピックの競技場があった。1984年の冬季五輪はよく覚えている。その街が内戦で破壊され、それまで仲良く暮らしていた違う民族や宗教の人が敵として戦ったという。

街を見る限り、そういうことがあったとは今は分からない。中に傷ついたアパートが1軒あったが、戦争によるものか。

旧市街では、第1次世界大戦のきっかけとなったオーストリア・ハンガリー帝国の大公が暗殺されたラテン橋をまず訪ねる。旧市街はすごい観光客だ。ここには内戦の形跡は見えない。

日程的にこの街に留まっていられないので出発。いったん空港へ戻る形で再び雨の中を南へ向かい、川沿いに谷間を行く。晴れてくると、すごく気持ちのいい道だ。路肩はないが(今回はずっとなかった)交通量は少なく走りやすい。

500メートルくらい登って峠を越える。ドゥルミトルまでの中間地点で予約しておいたキャンプ場には暗くなってから到着。小屋の屋根裏部屋に泊まる。オーナー家族は良い人たちだった。

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日本が造った橋であることを示すプレート
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キャンプ場のオーナー家族

翌朝は晴れ。道はかなりアップダウンしながら川を遡(さかのぼ)って行く。荒れた道だと情報にはあったが、車はほとんど来ないので、路面の良いところを選べば自転車にはあまり影響はない。

20キロで国境、問題なく通過してモンテネグロに入国。渓谷沿いの道は坂がきつく、素彫りのトンネルが連続し、内部は道が曲がっている上に照明はなく、ライトを使っても目が慣れていないため、凸凹の路面がよく見えずゆっくりとしか進めない。

そんなことで、ドゥルミトルへの道のりの半分走ったところで2時になってしまった。そこからは1300メートルの登りとなる。まずは粗彫りのトンネルが続く10パーセントの勾配。雨が降り出したかと思ったら土砂降りに。昼食を食べていなかったので雨宿りして非常食を食べる。

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素彫りのトンネル
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しかし、雨が止むのを待ってはいられないので進む。渓谷を上り切って高原に出ると雨は止み、5時すぎに食堂の看板あり。おばあさんの作った地元のパイを食べる。ヨーグルトもとてもおいしい。

残りまだ30キロ。暗くなった山道を歩くような速度でさらに500メートルほど登って行く。再び雨が降り出し、妻は下りになっても寒くてスピードが出せず、最後の下りは歩きとなった。キャンプ場に着いたのは23時。宿の夫婦は英語が通じないが、とにかく温かい食事が出てホッとした。

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キャンプ場のご主人
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世界遺産ドゥルミトルの山々
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今回の旅は冒頭にも書いたように、このドゥルミトルを見たいということで来たのだが、あいにくの天気。それでも最高峰を目指して行けるだけ行ってみようと登山口へ。曇って何も見えない中を登り始める。

なぜか登山口から犬が一緒に登って来た。案内をしているようだ。岩場の崖の登りあり、その後、草原のようなところもあり。この地は石灰岩でできており、造山運動でできた山だ。

2時間ほど歩いたところで雨が降り出した。これではこの先、崖を上って登頂しても何も見えないし、第一危険だ。地図を見ると遠回りだが戻るより、このまま進んだ方が車道は近く、岩場もないので進むことに。頂上と車道への分岐のところで犬はいなくなった。なぜ頂上へ向かわないんだと思ったろうか。雨は降っているが、時々雲は取れて最高峰以外の山々の頂は見える。

地層が縦に伸びたり、皺曲(しゅうきょく)したりするさまもよく見える。頂から見たらもっとすごいだろうが、雄大な山の一端は感じることができた。車道へ出る頃、雨は止み、前日真っ暗で景色の見えなかった道路を歩いた。このトレッキングの間、犬以外誰も見かけることはなかった。

翌朝は山の北側の湖へ。1時間ほどで着いて自転車で回ることにした。初めは良かったがパンクし、その後すごい岩場の登りあり。自転車は置いて来ればよかった。周囲3キロを1周するのに2時間近くかかってしまった。

キャンプ場へ戻って再出発したのは既に3時。67キロ先の町まで行こうと思っていたが、行けるところまで行こう。6時すぎに、地図にはなかった新しいモーテルあり。レストランもあり、ちょうどよい。手頃な値段で、きれいで食事もおいしく感謝だ。

海へ向かう道は晴れて、景色が良い。走って来た方角の山々や畑、点在する赤っぽい屋根の家々、湖の景色がきれいだ。しかし、下ったかと思うと上りはきつく、暗くなる頃に街に着くか微妙な感じになった。再び千メートルを越えて下りに入った。暗くなる前に町に着きそうだ。

残り10キロを切っても標高600メートル以上あり、急に景色が開け、コトル湾が見えてきた。ちょうど日没の頃で、明かりがつき始める。とてもきれいなのでしばらく留まり、夜景を見て行くことにした。真っ暗になった荒れた急坂をゆっくり下りて街へ。

貸部屋の看板を見つけ、訪ねるとOK。宿の主人は話好きの夫人で、トルココーヒーを頂きながら1時間も話をした。内戦が終わって、今は再び民族も宗教も関係なく結婚し、混じり合って住むようになったと、知りたかったあたりの話も聞くことができた。

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コトル湾の夕景
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トルココーヒーを入れてくれた宿のおかみさん
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コトル湾に浮かぶ教会と修道院
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コトルの砦から街を望む
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朝、バルコニーに転がっていた大好物のスイカを頂いて出発。この辺りは海辺のリゾートだ。湾の中の教会だけがある島に船で渡ったり、博物館、教会、塔を見て歩く。コトルという旧市街では、砦を時間があるだけ登ることにした。

コトルからは湾の反対側を行く。その先はかなりアップダウンがある道を、目的地のクロアチアのドブロブニクを目指して行く。

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アドリア海を望む
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モンテネグロの国境では、前の歩行者2人はパスポートではなく書類を見せたが出国拒否、難民のようだった。しかし、入国で拒否されるのはあると思うが、出国で拒否とはどういうことだろう。

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ドブロブニクを望む
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ドブロブニクの路地
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ドブロブニク旧市街を望む
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アドリア海に沈む夕陽

ドブロブニクは、コトル以上に観光客が多い。前日ネットでホテルをチェックしたら、町の近くのホテルは全て満員だった。人が来るのは、それだけの理由はある。とてもきれいな町だ。しかし、この町も内戦で破壊されたという。多くの人の手によって復活し、平和な観光地によみがえったのはうれしいことだ。

自転車初心者の妻には、山岳コースはきつかったようだ。いつか時間を気にせずゆっくり走ってみたい。

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木下滋雄

木下滋雄(きのした・しげお)

1964年横浜生まれ。フォト・サイクリスト。高校時代に自転車旅行と写真を開始し、30歳で五大陸走破を達成。これまでに60カ国延べ6万3千キロを走破している。現在はパラグライダーも楽しむ。ぺトラ建築設計一級建築士事務所主宰。

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