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新日本語訳聖書記念連載

ヘボンと日本語訳聖書誕生の物語(8)希望を持ち帰った船

2018年7月18日19時15分 コラムニスト : 栗栖ひろみ
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関連タグ:ジェームス・カーティス・ヘボン

ところで、「日米修好通商条約」を結ぶためにペリーのあとから来た米公使のハリスは温厚な人格のクリスチャンで、ブラウンとは友人同士だった。ヘボンが日本に来てからはヘボンとも親しくなり、時折彼を公使館に招いていろいろと語り合った。

ある時、ハリスは一人のオランダ人の若者を紹介した。新しく雇った通訳兼秘書だという。「私は日本人が大好きなので、彼らのために外交や通商のノウハウを教えてあげたいと思うのですが、日本人通訳者たちにその方面の知識がないので実現しないのです。そういうこともあって、日本人との間に会話の道が開けるようにと、オランダ人の通訳を雇いました」。ハリスは説明した。

「よろしく」。ヒュースケンという名の若者は、人なつこい微笑を浮かべてヘボンと握手した。「私も日本大好きですよ。日本人のためなら何でもします」。彼もまた、ハリスと同じく敬虔なクリスチャンだった。

「ところで、日本人の間にこんなものがはやっているの知ってますか?」。ヒュースケンはパンフレットを差し出した。ヘボンが見ると、「ビジン イングリッシュ」というタイトル文字が見えた。

「ビジン?ビジンとは何だろう?」。「ビジネス・イングリッシュのことですよ」。ハリスが笑いながら言った。「つまり商業英語です。彼らはビジネスと発音できないのでしょう」

この時、ヘボンは日本人のために一日も早く和英辞典を作ってあげようと強く思った。

一方、幕府のほうでも、陸・海の防衛のために英語の分かる通訳を養成しようという計画を立てていた。そして、各奉行所の役人たちに英語を学習させ、英和辞典の刊行も実現させようとしていたのである。法律により、欧米人を排斥しようとしながらも、彼らから英語を習わずにいられない状況になってきたのである。

1860(万延元)年9月末。正月に咸臨丸(かんりんまる)で出航したあの欧米使節団の一行が帰国した。彼らは大西洋、インド洋と世界一周をしてきたのだが、さまざまなものを買ってきた。

その中には、ペリーの『日本遠征記』に関する記録も含まれていた。長崎奉行の通訳者本木正栄が以前に指摘していたとおり、外国では言と文が同じであることを彼らは体験してきた。

「外国では話し言葉と書き言葉が同じであり、これは大変な力を持つことが分かりました」。一人が報告した。「大統領の公文書でも、通常話す言葉と同じ調子で分かりやすく書かれています」

咸臨丸に随行したジョン万次郎は、かつて漂流中に救われてアメリカで教育を受けた後、帰国してからは「軍艦操練所」の教授をしていた。彼はこの旅でミシンやカメラと共に『ウェブスター辞書』を買い入れてきた。

以前漂流者としてアメリカから送還されてきたときも英文法の本を持ち帰り、これが「藩書調所」のテキスト『英吉利(イギリス)文典』となったのだった。

軍艦奉行に頼み込んで一介の従者として咸臨丸に乗り込んだ福沢諭吉も『ウェブスター辞書』を買ってきた。彼はノートに外国で学んだことを記録し、後日これをもとに『西洋事情』を書いたのである。彼はヘボンが来日したとき、横浜で看板を見たことが、初めて英語に接する機会となった。

咸臨丸の船長勝海舟も、貧しい時代は不眠不休でオランダ語辞書2冊を手書きで写し取るほどの勤勉さを持っていたが、彼もこの旅で精力的に英書を買いあさり、勉強を続けた。このように、一行の買って帰った洋書は官費購入分だけでも控えのノート3冊分になった。

また、この船旅で多くの者が新しい世界観を体験し、その後の人生を変えられたのである。17歳で渡米した立石斧次郎もその一人だった。彼は神奈川の運上所(後の税関)で通訳見習いとして英語を勉強中だったが、伯父得十郎の計らいで、無給の通訳見習いという資格で乗船させてもらったのである。彼の利発さと快活さは船の中で人気を集め、トミーと呼ばれてかわいがられた。

帰国後、ナイアガラ号で知り合ったスチュアートという人から人生の教訓を教えられ、それに感動し新しい人生観に目を開かれた。斧次郎はさらに彼の紹介で成仏寺にヘボンとブラウンを訪ね、英語を習う傍ら、初めて聖書の教えを学んだのであった。

彼はその後、教会の礼拝にも出席するようになり、やがてブラウンから洗礼を受けてクリスチャンになったのである。

*

<あとがき>

公使ペリーの後任者ハリスもクリスチャンであり、温厚な人物でした。ヘボンはしばしば彼に招かれて公使館に赴き、共に日本の政治や社会情勢について語り合い、開国への道を模索していました。

一方、日本の社会も変化しつつありました。幕府は陸・海の防衛の点から英語が分かる通訳者を養成し始め、欧米人を排除しつつも、彼らから英語を学ぶことを始めたのです。

ヘボンやブラウンの所にも、奉行所から若い役人たちが英語を習いに来たので、彼らは英語の聖書をテキストにして彼らを教え、キリスト教を伝えました。

こんな時に、多くの日本人が希望を託した欧米使節団を乗せた咸臨丸が帰ってきたのです。一人が驚きを込めて報告しました。「外国では話し言葉と書き言葉が同じであり、これは人生を変えるものです」と。

彼らは欧米人の高い倫理性と優れた文化を支えるものこそキリスト教思想であることを知り、新しい文化を摂取しようといううねりが文明開化へとつながったのでした。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
関連タグ:ジェームス・カーティス・ヘボン
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