なにゆえキリストの道なのか(130)好んで生まれてきたのではないから、生き続ける責任もない? 正木弥

2018年2月17日19時53分 コラムニスト : 正木弥 印刷
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私は自分で好んで生まれてきたわけではない。それなら、生き続ける責任もないではないか。

設問の前段はその通りですね。生まれる前は自分で決断することも意思表示することもできないから。私たちはみな否応なく生まれてきたわけです。次に、生まれたのは親が造ったせいだと考えるなら、後段もその通りということになって、生き続ける責任はないといえます。自己という存在が他人の意思で決められるというのは不合理で、納得できないというわけですね。

しかし、第85回「人間はその親が造ったのか」で論述した通り、親の意思は子が生まれるためのきっかけにすぎず、真に人間に命を与えたのは神です。このことを正しく認めるなら、その命をどうしようと勝手だという理屈は出てきません。

「神が私に相談なく私に命を与えたのはけしからぬ」という言い方ができないことはありませんが、なにしろ神は主権者ですから、異論を言うことはできません。加えて、人生の途上でキリストを信じさえすれば神の子とされ、天の御国で永遠の命にあずかれるのですから、「もうけもの」ではないでしょうか。

とにかく、神は人を神の子にし、天の御国で住まわせようという目的でお造りになったのですから、それを受けるつもりが一切ないのか、あるいはあるのか、慎重に考えてから、生きる責任の有無を判断してもいいのではないでしょうか。

神の意向に反対して、あるいは、神の意向を無視してまで「生きたくない」というのなら、生き続ける責任はない、といえるでしょう。ただしその場合は、それほどまでに神の意向にあらがうことについて責任を問われるでしょう。

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正木弥

正木弥(まさき・や)

1943年生まれ。香川県高松市出身。京都大学卒。17歳で信仰、40歳で召命を受け、48歳で公務員を辞め、単立恵みの森キリスト教会牧師となる。現在、アイオーンキリスト教会を開拓中。著書に『ザグロスの高原を行く』『創造論と進化論 〜覚え書〜 古い地球説から』『仏教に魂を託せるか』『ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書』(ビブリア書房)など。

【正木弥著書】
仏教に魂を託せるか 〜その全体像から見た問題点〜 改訂版
ものみの塔の新世界訳聖書は改ざん聖書
ザグロスの高原を行く イザヤによるクル王の遺産』(イーグレープ
創造論と進化論 〜 覚え書 〜 古い地球説から
なにゆえキリストの道なのか

【正木弥動画】
おとなのための創作紙芝居『アリエルさんから見せられたこと』特設ページ

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