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映画「泣く子はいねぇが」 すべての現代人へ向けられたほろ苦くも見事な応援賛歌

2020年11月17日15時52分 執筆者 : 青木保憲
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映画「泣く子はいねぇが」 すべての現代人へ向けられたほろ苦くも見事な応援賛歌+
映画「泣く子はいねぇが」。11月20日(金)より新宿ピカデリー他全国ロードショー。©2020 「泣く子はいねぇが」製作委員会

「生き方に迷うすべての大人たちに贈る、青春グラフィティ」と銘打って、11月20日に公開される本作。タイトルは、秋田県のナマハゲが発する有名なせりふ(「泣く子はいねぇが」)そのままである。

監督は秋田県出身、1989年生まれの佐藤快磨(たくま)。ナマハゲが行われる地域で生まれ育った監督自身の体験が作品に生かされている。初の長編監督作品「ガンバレとかうるせぇ」(2014年)は、ぴあフィルムフェスティバルのPFFアワード2014で映画ファン賞と観客賞を受賞している。その後、第19回釜山国際映画祭のコンペティション部門にノミネートされ、国内外のさまざまな映画祭で高く評価されるようになり、注目を集めている。そして何よりの目玉は、本作の企画担当者として、世界の是枝裕和監督が名を連ねていることである。

物語は、秋田県男鹿(おが)市でナマハゲに携わってきた男性、たすく(仲野太賀)に娘が生まれるところから始まる。喜びにあふれるたすくとは対照的に、妻のことね(吉岡里帆)の表情は暗く、いら立ちを隠せない。というのも、たすくに大人としての自覚が足りず、父親にはなったものの、子どもじみた態度を改めようとしないからである。

大晦日の夜、たすくはことねに「酒を飲まずに早く帰る」と約束し、ナマハゲに今までのように参加する。しかし、酒を断ることができなかったたすくは、深酒してしまい、ため込んだ鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように、ナマハゲの面を付けたまま全裸で走り出してしまう。そしてその姿をテレビで全国放送されてしまうのだった。それは地元のナマハゲ仲間の顔に泥を塗る行為であり、同時に妻ことねに離婚を決断させる事件となってしまう。

それから2年の月日が流れ、逃げるように上京したたすくは、相変わらず東京でもくすぶっていた。親友の志波(寛一郎)からことねの近況を聞いた彼は、妻と娘への強い思いを再認識する。そして自らの愚行と向き合い、反省し、地元に戻る決意をするのだが――。

映画「泣く子はいねぇが」 すべての現代人へ向けられたほろ苦くも見事な応援賛歌
©2020 「泣く子はいねぇが」製作委員会

本作は、監督自身のナマハゲ体験と、大人になってからの解釈が原型となっている。佐藤監督はこう語っている。

幼い頃、男鹿の友達の家で「ナマハゲ」を体験し、号泣して父親に抱きつく友人の隣で、私には抱きつける家族がおらず「“父親”がいてくれたら」と泣くのを我慢した記憶があります。そうした記憶と、取材を通じ、「ナマハゲ」は、子供をただ「泣かせる」ということではなく、親が子を「守り」、子を守ることで男の心を「父親にする」行事なのではないかと思い至りました。「ナマハゲ」を通じ、精神的に成長していく主人公を描くことで、「父親になるとはどういうことか?」を表現したいと思いました。(映画の公式サイトより)

従来、ナマハゲは子ども向けの通過儀礼として位置付けられていた。そう、私は小学校の社会の時間で習った。だが本作は、この関係性を大人の視点で、しかも大人になり切れない優柔不断で煮え切らない男性の視点で語り直すというところに新鮮味があるように思われる。多くの観客は仲野太賀演じるたすくに共感し、彼がもう一度すべてをやり直したいと願う思いをいつしか応援したくなるだろう。特に男性たちは。

映画「泣く子はいねぇが」 すべての現代人へ向けられたほろ苦くも見事な応援賛歌
©2020 「泣く子はいねぇが」製作委員会

こういった映画は、従来なら10代から20代の若者を主人公としてきたはずである。なぜなら「青春グラフィティ」とは、まさにそんな年代の人々の専売特許であったから。だが、この枠が拡大し、いつしかキャッチコピーにもあるように「生き方に迷うすべての大人たち」に向けられるようになってきた。これは、現代では30代までもが「青年」になりつつあることの証左であろう。

物語のラストで、たすくは再びナマハゲと向き合うことになる。その彼が、最も見たくない現実の前に勇気を持って踏み出していく。その姿に、私はなぜか初めて説教したときの自身の姿を重ねてしまった。今から25年ほど前、初めて講壇に立ったとき、心の中には「俺なんかが人に説教できるのか」という思いがあった。とはいえ、目の前には説教者である私の口を通して神の言葉が語られると期待して集っている人たちがいる。だから逃げることはできない。そして聖書の言葉を語り出したとき、自分が発しているにもかかわらず、いつしかその言葉に自分が励まされ、そして心から「神の思い」と一体化した(と勝手に思い込んでいる)自分を見いだせた。

映画「泣く子はいねぇが」 すべての現代人へ向けられたほろ苦くも見事な応援賛歌
©2020 「泣く子はいねぇが」製作委員会

本作のたすくは、ナマハゲに身を包むことで一種の神格化を遂げる。作中何度も「ナマハゲは神様なんだ」という言葉が出てくる。ということは、彼は自堕落でどうしようもないやからではあるものの、その瞬間は人々の前に「神様」として立ってしまったということであろう。これは説教者たる牧師も同じである。講壇に立つ、聖書の言葉を語る、すなわち「神と最も近しい場に立つ」ということである。その葛藤、躊躇(ちゅうちょ)、ためらい、しかしそれでも一歩踏み出す、というあたりの心の動きが、本作のたすくにナラティブに重ねられたということだろう。

本作は、ナマハゲという日本の伝統行事(ユネスコの無形文化遺産であり、国の重要無形民俗文化財である)を通して、現代社会を生きるすべての人々に、自らの生き方と在り方を問う秀作となっている。キリスト教徒だから日本の伝統とは関係ない、と勝手に決め付けないで、ぜひ一度鑑賞してもらいたい。今を生きるすべての人々へ向けられた、ほろ苦くも見事な応援賛歌となっている。

■ 映画「泣く子はいねぇが」予告編

■ 映画「泣く子はいねぇが」公式サイト

◇

青木保憲

青木保憲

(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科修了(修士)、同志社大学大学院神学研究科修了(神学博士)。グレース宣教会牧師、同志社大学嘱託講師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(明石書店、12年)、『読むだけでわかるキリスト教の歴史』(イーグレープ、21年)。

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