鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの生涯(11)職業人の誇り

2020年7月1日17時01分 コラムニスト : 栗栖ひろみ 印刷

順調に進んでいるアンドリューの事業も時には思いがけない危機に見舞われた。仲間の一人であるA・クローマンはある時、他の会社から誘われ、会社を担保にして70万ドルを銀行から借りて出資した。ところが、この会社は3カ月と持ちこたえられずに倒産してしまった。

クローマンは負債を負ったまま一文なしになり、アンドリューの会社も手痛い打撃を受けた。そして鉄工所の一つを潰すしかないというところまで追い詰められた。この時、ジュニア・モルガン氏をはじめとする金融界の幾人かが助けてくれて70万ドルの大穴が埋められるようにしてくれたのである。彼は信用というものの大切さを今更のように感じた。

その後、アンドリューたちは緊急会議を開き、善後策を話し合った結果、クローマンをもう一度雇い、彼に月々わずかずつ分割で負債を返すようにさせたらどうかということになった。これをクローマンに告げると、彼は激しく拒絶した。「自分はもう油や鉄くずにまみれて働くなんてまっぴらだ。別の事業がやりたいんだよ」

仕方なく、なすがままにさせたところ、間もなくクローマンは大きな事務用品製造会社の下請け会社を作り、机、書棚などのショールームを備えた事務所に収まり、カタログを作ったり、書類を写したりする仕事を始めた。

しかし、彼には「事務」というものに対する予備知識がまったくなかった。それで帳簿の付け方も原価計算の仕方も分からない。こうして3カ月とたたないうちに莫大(ばくだい)な借金を抱え、会社は人手に渡り、小切手は不渡りとなり、知人は誰一人金を貸そうとしなかった。それでもアンドリューはこの友人を何とか助けたかったが、もはや事態は手の尽くしようもないところまできてしまった。

借金取りは執拗に彼を追い回した。それから逃れるためにさらに高利貸しから金を借り、利子は恐ろしい勢いでふくれ上がっていった。妻は子どもをつれて出て行ってしまった。クローマンは苦しまぎれに賭博に手を出すが、これが破滅のもととなり、ついに彼は裏町のアパートでピストル自殺をしてしまったのだった。

アンドリューは鉄工所を立ち上げた仲間の一人の死を深く悲しみ、弟のトム、トマス・ミラー、ヘンリー・フィリップスの3人と共に彼の遺体を引き取り、丁寧に葬ってやったのだった。

この後、アンドリューはこの悲劇を若い者たちの教訓にしたいと考えた。そこで、彼は『職業人の誇り』と題するパンフレットを作り、全従業員に配った。これは、いかに人間が自分の天職を見極め、これに誇りを持たねばならないかが示されていた。青年たちはむさぼるようにこれを読んだ。

人間が誇ることができるのは、その人だけしかできない仕事に対してです。人間はそれぞれ違った賜物を生まれつき持っているのですから、その人だけにしかできないことがあるのです。早くからこれを見極め、天職を知るべきです。そのためには努力して自分を磨くこと。人間には不思議な向上心というものがあり、ひとたび努力すればすべてが容易になり、努力することが楽しくなるものです。そして、自分に向いた仕事というものが分かってくるのです。

天職が分かったら、今度は名誉をかけて取り組みなさい。いかなる場合でも最高の仕事をすることです。私は『最高のもの以外は何も作らない』という信念を持ってやってきました。ここに誇りがあるのです。どんな職業に就こうとも、そうするべきです。技師も、現場の作業員も、事務員も、商人も、教師も、医者も、政治家も、作家も—最高の仕事をもって世に奉仕すべきであります。

もし希望した職に就けず、自分に向いた仕事も分からず、道路を磨く清掃人になったとしたら、誰も真似ができないほどきれいに、見事に仕上げなさい。町中の道路をピカピカにして「あの人がいなくてはならない」と言われるほどに腕を磨くのです。ここにこそ、職業人の誇りがあるのです。

人間は本来働くために作られているのであり、そうすることが最も幸せなのです。人間は良い服を着、快適な家に住み、おいしいものを食べるだけで満足するものではなく、もっと精神的な存在なのです。より良い仕事をしていこうと心がけていると、ちょっとした工夫で素晴らしい仕事をすることができます。立派な職業人がいる国は栄えます。勤勉で努力を惜しまない国は決して滅びることはないのです。(一部抜粋)

クローマンの後任はウィリアム・ボーントリンガーに委ねられ、「エドガー・トムソン鋼鉄会社」は以後大いに発展していった。

<あとがき>

アンドリューが従業員の教育のために書いたパンフレット『職業人の誇り』は、彼が関係する事業所で働く者ばかりでなく、広く米国社会に広まり、その文章のレベルの高さはまさにベストセラー並みであったといわれています。しかし、このパンフレットは、アンドリュー個人が体験した深い悲しみの中から生まれたのでした。

彼の友人—共に製鉄事業を興した仲間の一人でもあるアンドリュー・クローマンが、ふとした出来心からアンドリューの会社を担保にして70万ドルの金を銀行から借りたが、事業に失敗し、莫大な借金を負ったまま自殺したのでした。

アンドリューは金融王モルガンの助けで善処することができ、彼をもう一度雇おうとしたのですが、クローマンはその申し出をはねつけ、自滅してしまったのです。「おごりは身を滅ぼす」ということを若い人たちに教えたくてペンを取った結果、この素晴らしい『職業人の誇り』が生まれたのでした。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。12年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝のWeb連載を始める。その他雑誌の連載もあり。

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