イラク・クルディスタンのキリスト者ジェイコブ・ナザールは、ISの脅威が潜むモスル近郊で人道支援に従事していた。彼は事件の前日、不吉な夢を見る。同僚の制止を振り切り、物資を待つ人々のために出発した彼は、ついに検問所で武装集団に拘束される。彼を待っていたのは、暗黒の地下牢での過酷な拷問だった。これは彼自身による奇跡の証しだ。(第1回から読む)
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2021年6月12日の朝は、穏やかで濃密な空気でした。イラク中部の埃(ほこり)っぽい地平線に、太陽がためらいがちに昇る中、私は古い白のピックアップトラックに医薬品、乾燥食品、子ども向けの学用品の箱を積み込んでいました。専属ドライバーのハッサンが病気だったので、私が運転することにしました。
後々振り返ったとき、ハッサンが病欠したことは偶然ではなく、神の摂理だったと痛感しました。もし彼が一緒だったら、彼も捕らえられ、命はなかったかもしれません。モスルに向かって運転しながら、私は心の中で詩篇91篇を繰り返していました。「千人があなたの傍らに、万人があなたの右手に倒れても、それはあなたに近づくことはない」。数日後、私はこの詩篇の言葉に心底しがみつくことになるのです。
モスルへの道には検問所が並んでいました。幾つかはイラク軍、他のは地元の民兵の検問所です。車を走らせていると、都市の近くの人通りのない場所で、道路脇に停まっている黒い車に気が付きました。その地域ではよく見られる急ごしらえの検問所のように見えたので、私は注意深く速度を落としました。左手を、書類や許可証を入れたブリーフケースに伸ばして、頭の中では「政治とは無関係な医療物資の人道支援員です」という説明を、幾度も繰り返していました。
黒い車から約30メートルの距離に来たとき、本能的な危機察知が作動し、私の頭の中では、警報音とともにレッドアラートが発せられました。旗も制服もなく、バンダナで顔を覆った4人の男がそこにはいました。彼らの手には AK-47 が握られていました。そのうちの一人は、銃口を真っすぐ私に向けていました。
頭の中の激しい警報音とともに、数秒の間に3つの選択肢が浮かびました。後ろから撃たれても引き返すか、加速して突破を試みるか、それとも停車して神に信頼するか。ところが決める前に、車のすぐ前で爆発が起こり、埃と破片の雲が舞い上がって急ブレーキをかけざるを得ませんでした。その爆発は彼らが起こしたものでした。
「手を上げて車から降りろ!」という怒号がアラビア語で飛んできました。サウジアラビアかシリアのような奇妙なアクセントのアラビア語でした。恐怖で凍りつく思いでしたが、何とか声を安定させようとしながらアラビア語で答えました。「私は支援活動家です。避難民の家族に薬を届けているところです」
グループのリーダーと思しき最も背の高い男が近づいてきて、私のシャツのポケットからIDをひったくると、彼は「ジェイコブ・ナザール」と軽蔑を込めて声に出しました。「クリスチャンの名前だ」。彼は地面に唾を吐き、バンの中を一瞥(いちべつ)してこう言いました。「どうやらイスラムの土地を汚そうとしている十字軍の宣教師を捕まえたようだな」。それを聞いて他の男たちは、残酷な笑い声を上げました。その笑い声は数日間、私の耳を離れませんでした。
ことは迅速かつ容赦なく進みました。彼らはライフルの銃床で私の後頭部を殴りつけました。ズキズキとした頭の痛みで気が付いたとき、私は後ろ手に縛られ、湿気とカビの臭いが強い暗闇の中にいました。私は、ISがモスル占領中に掘ったトンネルの一つに閉じ込められていたのです。もがいて動こうにも、足首が壁のフックに鎖で固定されていました。鎖の金属音に気が付いた監視員が入ってくると、強烈な懐中電灯の光を執拗に目に当ててきました。
彼は「異教徒が目を覚ましたぞ」と冷ややかな口調で告げました。目が慣れてくると、入り口に3人の男が見え、2人は黒い目出し帽を被り、3人目の男は顔を出し、厚い顎ひげ、落ちくぼんだ目、そして左頬に激しい傷跡があることが分かりました。あとで知るのですが、この男の名前はアブ・マリク、このIS部隊の指揮官であり、驚くべきことに、神が私を解放するために用いる道具となるのが、この男だったのです。(続く)
■ イラクの宗教人口 ※内線前の統計
イスラム 98・6%
プロテスタント 0・2%
カトリック 0・04%
正教会 0・3%
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