「スター・ウォーズ / スカイウォーカーの夜明け」(1)私とスター・ウォーズ

2019年12月24日17時40分 執筆者 : 青木保憲 印刷
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本稿は、今月20日に公開された「スター・ウォーズ / スカイウォーカーの夜明け」(エピソード9)のレビューである。しかし本作をいきなりレビューするのではなく、その前提となる「スカイウォーカー・サーガ」について語るところから始めたい。そうすることで、次稿で本格的に語る本作のレビューがより深く伝わるからである。ではまず、スカイウォーカー・サーガの始め、つまり「スター・ウォーズ」シリーズが始まった42年前にタイムスリップして語り始めたいと思う。

私が生まれて初めて映画館で映画を鑑賞したのは、小学3年生の時。当時教員であった父が、珍しくも「映画に連れて行ってあげよう」と言い出し持ってきたのが、近くにあった映画館の無料招待券だった。そして観に行ったのが「スター・ウォーズ」。まだ「エピソード○」のような紛らわしい副題が付く前の、純粋に一本の映画としての「スター・ウォーズ」である。

初めて大きなスクリーンで観たミレニアム・ファルコン号はとてつもなく大きかった。そして白煙の中から登場したダース・ベイダーは、あの不気味な呼吸音と共に、私に「恐怖」というものを教えてくれた。さらに、ライトセイバーによるカラフルな戦闘シーンは、映画の面白さを決定的に私の心に刻み付けることとなった。当時、「フォース(Force)」が「理力」と訳されていたことを覚えている。ヘンテコな感じは確かにしたが、子どもだった私は、自分の知らない難しい概念に出会ったような、そんなドキドキ感があった。

あれは確か、「帝国の逆襲」(エピソード5、1980年)が公開される直前にゴールデンタイムで放映された特番だったと思うが、その中で司会者が「スター・ウォーズは全9作品作られることになっています」とコメントしていたことを覚えている。その当時は、2000年までに9作を公開する、と監督のジョージ・ルーカスが語っていた。だから私は「絶対に2000年まで生きていよう」と誓い、神にそう祈ったことを覚えている。

もう言うまでもないことだが、「帝国の逆襲」は前代未聞の「物語が終わらない続編」であった。続きがすぐ始まるのではないか、まだ映画が終わっていないのではないかと思い、一緒に観に行った友人たちと、場内が明るくなっても映画館に座り続けていたことを覚えている。帰り道、「ルークはダース・ベイダーの子どもか」論争が熱く交わされたことは言うまでもない。

その後、1983年に「ジェダイの復讐」(エピソード6、当時はこのタイトルだったが、今は「ジェダイの帰還」となっている)が公開され、一旦シリーズに終止符が打たれた。公開日が、ちょうど一学期の期末テストが終わった次の日であったため、解放感と共に劇場へ向かったことを覚えている。私は、ルークが完膚なきまでにダース・ベイダーをやっつける話を期待していたが、まったくその反対の終わり方となり、最初は少し拍子抜けしてしまった。だが、何度も見直すたびに、この作品の評価は上がっていた。そう、これは罪人をその縄目から解放する男の話だったのである。そこにキリスト教的なものを感じたことを今でも覚えている。15歳にして、こういう映画の見方をしていたのだなと。ここに私の「キリスト教的映画鑑賞」の原点があるといってもいいだろう。

そして16年の歳月が流れ、1999年に「ファントム・メナス」(エピソード1)が公開された。私は30歳を越え、結婚もしていたが、小学生時代に味わったあの興奮を再び体験できるのだと心躍らせた。しかし同時に、悲しい知らせも届けられた。それは、ルーカスが「『スター・ウォーズ』シリーズは、全6作で完結」と言い切ったことである。構想は9作品あるが、諸般の事情でそれはかなわないということだった。それでも私は自分を納得させようとした。「ルーカスがそう言うのだから、それでいいではないか」と・・・。

そして2002年の「クローンの攻撃」(エピソード2)、05年の「シスの復讐」(エピソード3)を鑑賞し、これで「私のスター・ウォーズ人生」は幕を下ろしたと感じた。特にエピソード3で、ダース・ベイダーがあの呼吸音と共に立ち上がったとき、込み上げるものを押さえきれず、号泣したことを覚えている。彼が人一倍能力に秀で、失ったものが大きかったが故に、欲望を肥大化させていく様は、まさに現代人のそれであった。「他人事ではない」という恐怖も感じられたし、手にしたいと思うあまり大切なものを失ってしまう様は、とても教訓的でもあった。

2015年から始まった「ディズニー印のスター・ウォーズ」は、私を含めた多くの「かつて小学生だった大人たち」を歓喜させた。ルーカスができないと言っても、それを成し遂げようとする者が現れ、しかもルーカスもそれに協力(当時はそう語っていた)するというのだから。期待と不安が入り混じる中、中学生となった息子と共に「フォースの覚醒」(エピソード7)を公開初日に観た。この頃から息子も映画が好きになり、当時立て続けに公開されたマーベル映画を親子こぞってどちらが早く観るかを競い合うようになっていた。作品は、シリーズ最初の「新たなる希望」(エピソード4)をなぞるような展開でありながら、要所要所に新たなひもときを挿入していたため、私は「新しい物語が始まった」と素直に思えた。

続く2017年の「最後のジェダイ」(エピソード8)は、いろんな意味で問題の多い作品であった。しかし随所に「スター・ウォーズらしさ」が感じられる作品であったため、個人的にはお気に入りの一作である。しかし何度も見返すという意味では、今までにわずか5回しかリピートできなかった作品でもある。他の作品は、ビデオ、レーザーディスク、DVD、ブルーレイで何度も見返しているのに・・・。ちょっと申し訳ない気もする一作である。

そして2019年。初めての映画体験、そして初めてのスター・ウォーズ体験から42年・・・。ついに1977年から語られてきたスカイウォーカー・サーガ、すなわち「スカイウォーカー物語」が完結することになった。

ここまで書きつづってきたら分かるだろうが、私の映画体験の原点にして最高点は「スター・ウォーズ」である。よく「生涯のベスト作品は?」と尋ねられる。私の第1位は「サウンド・オブ・ミュージック」である。第2位は「シンドラーのリスト」。では、「スター・ウォーズ」は? もはやこれは映画としてランキングに入れることはできない。言うなれば「次元が違う」のである。そんな思い入れのあるシリーズの完結編をこれから評してみようと思う。(続く)

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■ 映画「スター・ウォーズ / スカイウォーカーの夜明け」予告編

映画「スター・ウォーズ / スカイウォーカーの夜明け」公式サイト

青木保憲

青木保憲(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。グレース宣教会研修牧師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

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