「故郷の家」に見る多文化 尹基・社会福祉法人「こころの家族」理事長

2019年6月21日10時07分 執筆者 : 尹基 印刷

クリスチャントゥデイは2002年の創立以来、多くの皆様に支えられ、今年17周年を迎えることができました。これを記念し、この度「多様性を恵みとして捉える」を全体テーマにした企画を用意致しました。「女性」「高齢者」「青年」「在日外国人」「災害」のトピックスについて、各分野に関わりのある方々から頂いた寄稿を全5回にわたってお届けします。第2回は「高齢者」について、在日コリアンと日本人の高齢者が共に生きる老人ホーム「故郷の家」を運営する社会福祉法人「こころの家族」理事長の尹基(ユン・キ)氏に執筆いただきました。

■ 相互依存性が高まり多様化する社会

今日、国家間の相互依存性は、ますますその影響力を広げています。人々の移動、資本の流れ、多国籍組織の増加と科学の発展は、現代社会の相互依存性をより高めています。また人口の移動は、その人が持っている独特な民族生活文化を同伴するもので、本格的な多文化社会が始まったといえます。

日本に住む外国人は、1980年代後半から急増しています。2018年12月現在の在留外国人数は273万人。このような社会の変化に伴って、文化や民族は多様化しており、福祉需要も増大・多様化してきました。しかし、この多様性の中に含まれている文化の違いについては、「文化」という概念の曖昧さと、その違いがはっきり認識されにくいことから、文化の問題を社会福祉の実践と絡ませて考えることはほとんどありませんでした。国や社会福祉機関は、外国人を文化的社会福祉的次元では日本人と同一化させ、それにより異文化問題を解決しようとする同化政策を行い、その結果、在日外国人に対して人権保障に基づく言語、文化、生活習慣、宗教を尊重した施策が実現されているとは言い難い状況にあります。

介護保険法も、この点が欠けていました。高齢者の自立支援を基本理念とし、いつでも、どこでも、高齢者自身がサービスを選択できる個人のニーズにあったサービスを提供してもらえるという内容でありますが、在日外国人の立場に立って考えると、彼らの文化や生活習慣を配慮したサービスを提供する施設やサービス自体が皆無に近い状況であります。保険料を払っても、選べる施設もサービスもありません。サービスの基盤整備のないまま、介護保険法が施行されたのでは多様化時代に対応ができないのではないでしょうか。

■ 福祉は文化

在日コリアン高齢者のほとんどは、意思の伝達方法として韓国語と日本語の両方の言語を使います。日本生まれの2世、3世とは対話ができず、韓国語を話すだけで認知症と間違われることもあります。また、第2母国語の日本語を忘れることは、特に認知症の高齢者に多く現れます。これは、他の外国人高齢者も同じではないでしょうか。言葉の保障は、彼らの人間性を保障するためにも欠かすことができないものです。一人一人の文化や生活経験を尊重し、違いを受け止め、同化させることではなく、文化を保持し、言葉、食事、生活習慣、文化の多様性を尊重した高齢者サービスがもっと必要なのです。

今後さらに外国人の定住化が進むと、福祉、医療の従事者が異文化を背景に持つ利用者を対象にする機会が増えてきます。数的にもその多様性においても、外国人の存在は無視できないものとなってきています。福祉の対象が、特定の対象から市民へと広がる中、心と制度の目を開き、地域の住民である外国人高齢者のことを考えていただきたいのです。少しの配慮が、今必要なのです。

■ 違いは恵みのしるし

在日コリアンと日本人の高齢者が共に生きる老人ホーム「故郷の家」を運営する社会福祉法人こころの家族は、定款で「韓国の地でキリスト教精神に基づき、愛の生涯をまっとうした田内千鶴子の志を受け継ぎ、民族・文化を越えて共に生きる社会を目指し、高齢者、児童、障がい者などの社会的支援を必要とする者に対する福祉施策並びに国際福祉文化交流のための事業を実施することを目的とし、次の社会福祉事業を行う」とうたっています。これらの目的を達成するために、こころの家族は、ノーマライゼーション、ソーシャルインクルージョン、そしてキリスト教社会福祉を目指しています。

「社会福祉の仕事は、人間がしてきました。しかし、その背後に神様の計らいがあることを信ずるのです。そして、神様から委託されて私どもは仕事をしています。社会福祉の仕事というものは、誰が行っても、どこの施設でも、同じことをしています。形態も方法もほとんど変わりません。その中で、『キリスト教社会福祉』も同じ料理を作っています。でも、味が違ったり、雰囲気や香りが違ったり、どこかに違いがあるのだとすれば、そこに『キリスト教』という特色を出したいのです」とは、阿部志郎先生のお言葉です。故郷の家も同じです。「どこかが違う」「雰囲気がある」「匂いがある」。その雰囲気や匂いを、利用者も、家族も、地域社会の皆様も、訪問者も喜ぶのです。

「一人一人がさまざまな人生を持っている。その人生を、今までは、お年寄り、子ども、障がい者と分け、そしてあるいは、保健、医療、福祉というように分担してきた。しかし、一つの人生であるから、サービスもなるべく連携して総合化していかなければならない」と考えるようになってきたのも最近です。

そして、私たちが好む言葉が2つあります。一つは「強さ」です。「強い」ということが好きで、そして「弱い」ということが嫌いです。もう一つは「同じ」です。「同じ」ということが好きで、「違う」ということが嫌いです。「違う」という日本語は「拒否」です。人間というものは誰しも強さと弱さを持っており、その強さが事故などで突然弱さに転落してしまうかもしれません。誰も予測はできません。この弱さを恵みとして捉え、弱さというものは恵みであり、その弱さから学びながら、その弱さを捉えるところに真実の「強さ」がある、というのがキリスト教の主張なのです。そして、「違いを排除しないで、違いを喜ぶ心を認めるのです。『ひとり』という存在は全部違います。その違いを喜ぶ心を持って受け入れて、お互いに共存をしよう」というのは、これもまた阿部志郎先生の教えです。

さらにこれは、韓国・木浦(モッポ)で「共生園」を創立したキリスト教伝道師であり、私の父である尹致浩(ユン・チホ)が掲げた共生主義でもあります。「お互いに愛し合う共に生きる社会を創りたい」との思いが、「こころの家族」であり「故郷の家」なのです。

■ こころの家族では

社会福祉法人こころの家族では、具体的にこれまでに次の事柄を取り組み、またこれから行っていこうと考えています。

  • 在日コリアンの高齢者のために韓国語を話し、キムチが食べられ、アリランを歌える、文化尊重の福祉施設「故郷の家」を、2019年6月現在、堺、大阪、神戸、京都、東京の5カ所で運営しています。
  • 故郷の家は老人ホームですが、韓国と日本との国際親善、友好、交流施設としての役割も果たしています。
  • 日韓の友好は、故郷の家がロールモデルです。高齢者、障がい者、施設従事者、または社会福祉を学ぶ学生を対象に、日本の福祉行政とその実践を学ぶ、国際社会福祉研修を実施しています。これまでに韓国の大学生、現場の従事者など千人余りが修了しています。
  • 大阪市の委託を受け、大阪市生野区で、デイサービスセンター(故郷の家・大阪)を運営し、お年寄り国際交流の場となっています。
  • 阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた神戸市長田区に、故郷の家・神戸を建てることによって、在日コリアンのお年寄りと地域の高齢者が共に暮す高齢者福祉センターを運営し、さらに京都、東京にも開設しました。
  • これからの取り組みとして、故郷の家の創立30周年を記念して各地で地域福祉を計画し、在日コリアンや新韓国人と地域の日本人を対象に、韓国語・日本語で対応できる専門家によるカウンセリングサービスの実施、また、新しく日本に来た外国人たちが日本の社会に早く適応するように、相談支援や故郷の家の集い、セミナーなど各種情報提供や質の高いプログラムの提供を行っていきます。

■ 田内千鶴子の社会福祉の実践

母・田内千鶴子が歩んできた人生は、特別なことではありません。家もなく、父母もなく、行くところのない子どもたちを連れてきて、食べさせ、寝かせ、育てて、学校に行く年齢になれば学校に通わせ、一人で生活ができる年齢になれば社会に送り出したというだけです。ただ、自分だけで力が足りなければ、理解してくれる人を訪ねて行ってためらわずに力を借りるその勇気、三食の食べ物がなくなれば、子どもたちにおかゆ一杯でも食べさせることのできる食物を一生懸命に求めてきたその努力、病気になった子どもをおぶって夜中でも医者を訪ね、子どもたちを助けてくださいと哀願するその真心と祈りがあっただけです。

母は、他の人々よりも面倒を見なければいけない子どもの数が多いので、少し大変だったということだけなのに、半世紀がたった今も韓国の皆様が忘れないことは、その血筋だからなのでしょうか、胸がいっぱいになってしまいます。

■ 在日コリアン高齢者の孤独死

在日コリアンの高齢者の孤独死を知ったとき、母が韓国の地で、海の向こうに故郷の高知が見えると言った言葉を思い出しながら、異国で暮らす母・田内千鶴子と在日コリアンの高齢者は同じ気持ちではないか、と強く感じました。そして朝日新聞の論壇に訴えたのです。

日本の朝鮮総督府官吏の娘であった私の母は7歳から韓国で育ちました。26歳の時、木浦で孤児のために粗末な施設を開いて献身する韓国人キリスト教伝道師、尹致浩と結婚。朝鮮戦争で夫が消息を絶った後も、孤児たちと共に韓国で生きる事を決心した母は、韓国語を使い、いつもチマチョゴリを着ていました。50年間、韓国で暮らし、孤児の母と慕われ、母は韓国人になり切っていました。しかし、病に倒れ、意識のうすれる中で私に言った言葉は、日本語で「うめぼしが食べたい・・・」でした。その言葉は、故郷の高知を思う気持が言わせたのか、あるいは、切るに切れない民族の血が言わせたのか・・・。

在日韓国人の高齢者問題を考える時、私の胸は詰まるのです。あの日、あの時の母のように、在日1万人のハラボジ(おじいさん)、ハルモニ(おばあさん)たちが日本の土になろうとする時、韓国語で「キムチが食べたい」と、そうつぶやくのではないか、と。私は、故郷に帰るに帰れない在日韓国人高齢者たちのために、同胞同士が、故郷の暮らしに近い環境の中で、安心して生活できる韓国人専用の老人ホームを建設するよう、ここに訴える。(朝日新聞「論壇」より一部抜粋)

■ 最後に

だが、総論は賛成でも、各論になると、ほとんどの人が不可能だと言われました。その中で、堺の故郷の家をはじめ、大阪、神戸、京都、東京までできたことは奇跡です。不可能を可能にしてくださった神様のおかげです。また母・田内千鶴子の代わりに力になりたいと言う、皆様の温かい心が導いてくださったのです。心から感謝しています。

故郷の家づくりを通じて、信じることの大切さを学びました。子どもの頃、「日本人は親切です。勤勉です。正直です」と言った母の言葉が、諦めないで私を走らせました。

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尹基

尹基(ユン・キ)

ソーシャルワーカー。日本名・田内基(もとい)。1942年、韓国・木浦(モッポ)で、孤児院「共生園」創設者の尹致浩(ユン・チホ)と、「韓国孤児の母」と呼ばれる田内千鶴子の間に生まれる。母の死後、共生園の園長に。卒園後の子どもたちのために、ソウル少年少女職業訓練院とソウル綜合職業訓練院を開設。現在、故郷の家を運営する社会福祉法人こころの家族理事長。

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