イエスが彼らの目の前でこのように多くのしるしを行われたのに、彼らはイエスを信じなかった。(ヨハネの福音書12章37節)
イエスが多くの奇跡を行い、それを見たにもかかわらず、人々はイエスを信じませんでした。イエスは、ベテスダの池で足のなえた人を癒やし、生まれつきの盲人を癒やし、5千人に食事を与え、死んで4日たっていたラザロをよみがえらせるなど、多くのしるし(奇跡)を行いました。
これらの奇跡を見たにもかかわらず、多くのユダヤ人はイエスをキリスト(救い主)だと信じませんでした。
彼らがイエスを信じなかったのは、イエスが、彼らの求めていたメシア像ではなかったからです。当時のユダヤはローマ帝国の圧政に苦しみ、人々は解放者としてのメシアを期待していました。ところが、イエスの宣べ伝えた「神の国の福音」は、それとは全く違うものでした。
ユダヤの指導者の中には、イエスを神の御子と信じる者もいましたが、それを告白すればユダヤ教の会堂から追放され、出入りすることができなくなりました。それは、今まで社会で築いてきた人間関係や立場を捨てることを意味します。
そのため、イエスを信じた人たちは、その告白をちゅうちょしたのです。ヨハネはそのような人々のことを指して「彼らは、神からの栄誉よりも、人の栄誉を愛した」(12:43)と記しています。
そして、イザヤ書の預言が成就されました。
それは、「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか。また主の御腕はだれに現されましたか」と言った預言者イザヤのことばが成就するためであった。彼らが信じることができなかったのは、イザヤがまた次のように言ったからである。「主は彼らの目を盲目にされた。また、彼らの心をかたくなにされた。それは、彼らが目で見ず、心で理解せず、回心せず、そしてわたしが彼らをいやすことのないためである。」イザヤがこう言ったのは、イザヤがイエスの栄光を見たからで、イエスをさして言ったのである。(ヨハネの福音書12章38〜41節)
主権者であられる神は、救いのご計画を持っておられます。今は、神との新しい契約による救いの恵みが与えられています。ユダヤ人の頑なさにより、福音が、異邦人である私たちにまで来ました。
神は、私たちの祈りに応えられるお方です。ですから、家族をはじめ、自分と関わる全ての人が救われて祝福されるようにと執り成して祈り、福音を伝えることは、とても大切です。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」(使徒16:31)とあるように、御国で共に永遠に過ごせるよう執り成して祈るのです。
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