「旅のおわり世界のはじまり」 リアル「イッテQ!」の裏側で繰り広げられる人間賛歌と神の粋な取り計らい

2019年5月14日15時52分 執筆者 : 青木保憲 印刷
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©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会 / UZBEKKINO、6月14日(金)全国ロードショー(配給:東京テアトル)

6月14日に公開される本作は、カンヌ映画祭の常連であり、ホラー、サスペンス、SFなど、ジャンルを選ばず常に話題作を提供する黒沢清監督の最新作である。今回は中央アジアのウズベキスタン全編ロケという大規模な企画で、しかも黒沢監督にとって初めてのロードムービーである。監督自身が脚本を手掛けていることからも、作品に対する思い入れが伝わってくる。

主演は前田敦子。もはや「元AKBの」という枕詞は不要だろう。黒沢監督の前作「散歩する侵略者」では、主人公の妹役でとても印象深い演技を披露していた。今回は晴れて「黒沢組の主役」である。

物語はちょっと異様な光景から始まる。テレビ局のバラエティー番組のスタッフ一行が、ウズベキスタンでロケをしている。伝説の怪魚を探したり、地元の郷土料理をレポートしたり、はたまた危険極まりないアトラクション体験をしたり・・・。

その光景はさながら実際の人気バラエティー番組「世界の果てまでイッテQ!」である。しかし、本作のロケハンとイッテQ!とで決定的な違いがある。それは、番組の裏側を描いている本作では、誰も笑っていないし、楽しんでもいない、ということである。

前田扮(ふん)するレポーター(葉子)に至っては、カメラの前でははち切れんばかりの笑顔を振りまくが、一度オフになるといつも不機嫌そうな表情を浮かべ、何か満ち足りない雰囲気を醸し出している。それは他のスタッフも同様で、何でも金で解決しようとするディレクターや、事なかれ主義のADたちが、葉子同様に苦虫をつぶしたような顔をしながら、淡々と番組収録をこなしていくのである。

「旅の終わり世界のはじまり」 リアル「イッテQ!」の裏側で繰り広げられる人間賛歌と神の粋な取り計らい
©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会 / UZBEKKINO

「実際のイッテQ!も裏側はこんななのか?」と思わされるくらい「お寒い」状況が1時間ほど積み重ねられていく。こういう起伏のない展開を見せられる観客は、正直苦痛すら覚えることだろう。しかしこれが今回最大の「仕掛け」となっていく。

もう一つの特徴としては、ウズベキスタンでのロケにもかかわらず、一切の字幕が出ないことである。現地の人々と葉子たちが会話するときも、一体何を相手から言われているのかが観客にも分からないようになっている。つまり映画の登場人物と同じ不安な気持ちを、観客も抱くことができるようになっているのである。特に葉子が一人で市内を旅しながら迷子になってしまうシーンでは、こちらも手に汗をかいてしまった。

こういった演出だからこそ、必然的に私たちは主人公・葉子の心情にシンクロさせられることになる。彼女はいつか舞台で歌うことを夢見ているが、現実と理想のギャップの中で、何とか自分を納得させ、ごまかしながら今の仕事(テレビレポーター)をこなしている。しかし言葉が分からず、ロケも思うようにならない現実の中で、次第にいら立ちを隠せないようになっていく。

「旅の終わり世界のはじまり」 リアル「イッテQ!」の裏側で繰り広げられる人間賛歌と神の粋な取り計らい
©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会 / UZBEKKINO

ここで転機が訪れる。不思議なかそけき声に導かれた葉子は、とある劇場に導き入れられる。そこには理想としている舞台が用意されており、彼女はそこで思いの丈を込めて、エディット・ピアフの名曲「愛の賛歌」を歌い始めるのだった。

本作において「歌」はとても重要な意味を持つ。つまり歌だけが、ホンモノの彼女を映し出すのである。その後、葉子は自分の夢を年上のロケ班カメラマンに伝える。「自分は本当は歌手になりたいんだ」と。だがその後、目立った転機は訪れず、ロケがまた淡々と続いていくのであった。

本作は、夢がないわけではないが、かといってその夢に向かって歩み出しているわけでもない、そんな等身大の私たちの姿を描いている。日々の仕事を淡々とこなし、時々白昼夢のような夢に思いをはせる。でもそれは一瞬のことであって、すぐに現実に引き戻されていく。市井の人々の何気ない心の揺れ動きを見事に描いているといえよう。

「旅の終わり世界のはじまり」 リアル「イッテQ!」の裏側で繰り広げられる人間賛歌と神の粋な取り計らい
©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会 / UZBEKKINO

そこに共感させられた私たちは、物語のラストに訪れる意外な展開にカタルシスを覚えることになるだろう。今まで溜め込んできたものが、一気に解放される瞬間でもある。それは葉子のちょっとした機転が生み出したイレギュラーであり、誰もが(観客である私たちも)忘れていたであろう事柄がいきなりリフレインされる瞬間である。

そしてそんな出来事も、私たちの日常には起こり得る。その時、私たちがそれをどう捉えるかが肝要となる。「単なる偶然」なのか、それとも目に見えないが確かに存在する神が、そのような「備え(導き)」を与えてくれているのか。

映画ではもちろん黒沢監督が「神の視点」で感動を生み出している。しかし私たちの人生に置き換えるなら、それを「単なる偶然」と見なすか、それともそこに神の心憎い配剤を見るのかは、私たち自身に委ねられている。映画から刺激を受けて、自らの生き方を考えてみるのもいいだろう。

「旅の終わり世界のはじまり」 リアル「イッテQ!」の裏側で繰り広げられる人間賛歌と神の粋な取り計らい
©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会 / UZBEKKINO

観終わって次のような聖句が思い浮かんだ。

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた」(伝道者3:11、新改訳2017)

異国情緒あふれるウズベキスタンを楽しみながら、私たちの日常に起こるハッとさせられる一瞬の出来事。それをキリスト者として信仰的に解釈することの面白さを本作は味わうことができる。そんな大人の楽しみ方ができる一作である。

■ 映画「旅のおわり世界のはじまり」予告編

映画「旅のおわり世界のはじまり」公式サイト

青木保憲

青木保憲(あおき・やすのり)

1968年愛知県生まれ。愛知教育大学大学院を卒業後、小学校教員を経て牧師を志し、アンデレ宣教神学院へ進む。その後、京都大学教育学研究科卒(修士)、同志社大学大学院神学研究科卒(神学博士、2011年)。グレース宣教会研修牧師。東日本大震災の復興を願って来日するナッシュビルのクライストチャーチ・クワイアと交流を深める。映画と教会での説教をこよなく愛する。聖書と「スターウォーズ」が座右の銘。一男二女の父。著書に『アメリカ福音派の歴史』(2012年、明石書店)。

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