片柳弘史神父が語るマザー・テレサの生涯と言葉 マザー・テレサ列聖記念講演会

2016年7月5日19時06分 記者 : 坂本直子 印刷
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マザー・テレサの言葉は、人間の心を知り尽くした言葉ばかりで、何気ないひと言であっても深く、どれも知恵に満ちていると絶賛する片柳弘史神父=聖イグナチオ教会(東京都千代田区)で

マザー・テレサの列聖記念講演会「神のいつくしみを証しするために ―マザー・テレサの生涯と言葉に学ぶ」(主催:カトリック麹町教会メルキゼデクの会)が2日、聖イグナチオ教会(東京都千代田区)で開催された。9月4日に聖人の列に挙げられることが決定したマザー・テレサの信仰と祈りに支えられた生涯と、知恵に満ちた言葉を会場いっぱいの参加者と振り返った。

講師は、マザー・テレサ本人から神父になるよう勧められ、現在、山口県宇部市の教会で司祭として働く片柳弘史神父。大学在学中に洗礼を受け、これからどう生きていこうか迷っていたときに、マザー・テレサがコルカタで活動をしていることを知り、「マザーに会えば、何か分かるのではないか」とコルカタへ向かった。片柳神父は、「マザーという大きな愛に出会ったことで、私の人生は変えられた」と話す。

プログラムの前半は、貧しい人々への奉仕にささげた生き方によって、現代社会に神のいつくしみを燦然(さんぜん)と証ししたマザー・テレサの生涯を、残された言葉とともにたどった。

その中で片柳神父が特に重点を置いたのは、マザー・テレサの母ドラナだ。兄ラザロの「皆さんがマザー・テレサと呼んでいる人物は、うちの母の生き写しです」という言葉を紹介し、母の影響がマザー・テレサにとって大きかったことを伝えた。

マザー・テレサは1910年に、オスマン帝国領のコソボ州・ユスキュプ(現在のマケドニア共和国の首都スコピエ)で、アルバニア人の両親のもと、3人兄弟の末っ子として生まれた。実業家でアルバニア独立運動の闘士だった父ニコラは、マザー・テレサが7歳の時に亡くなっている。両親は、イスラム教徒の多いアルバニア人には珍しいカトリック信徒だった。

父なき後、母ドラナが3人の子どもを女手一つで育てたが、子どもたちを教会に連れていき、貧しい人への奉仕を全力をかけて行っていた。片柳神父は、ドラナが信仰深かったことと、「貧しい人たちにしたことは、全て神にしたこと」「神を愛することは、貧しい人たちに奉仕すること」という考えの持ち主だったことを紹介した。

ドラナにとって大切なのは「神様を悲しませないこと」であり、人の悪口を言うことを非常に嫌っていたという。また、怪我をしたアル中のおばあさんを世話するドラナが言った「彼女が痛いのは、傷ではなく、自分が世界中でひとりぼっちだという事実」という言葉は、マザー・テレサの心に刻まれた。

片柳神父は、兄ラザロが「マザーは天から降ってきたわけではなく、神様が全てを準備していたのです」と語っていることを伝え、「ドラナの生き様がマザー・テレサに移り、全世界へ広がっていくことになった」とマザー・テレサの活動の源泉が、母ドラナにあることを強調した。

片柳弘史神父が語るマザー・テレサの生涯と言葉 マザー・テレサ列聖記念講演会
講演会の会場。立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。

かねてから宣教の志を持っていたマザー・テレサは、18歳の時にアイルランドのロレント修道女会に入るが、それを聞いたドラナはショックで、一晩部屋から出てこなかったという。それでも翌朝には、「これからは、イエス様の手を握り、イエス様に従っていきなさい。前だけを見て進みなさい」と励ましている。これ以降、ドラナが1972年に93歳で亡くなるまで、母と娘は直接会うことはなかった。

シスターたちはマザー・テレサについて、常にイエス・キリストを喜ばせることを考え、非常に謙遜で、無私で、犠牲においては人並み外れていると述べる。マザー・テレサは、「聖人になるために大きなことをする必要はありません。ありふれたことを人並み外れた丁寧さと、真心を込めてすることです」と話している。片柳神父は、マザー・テレサは「謙遜という土台の上に、大きな城を建てた」とし、その土台は「子ども時代に作られた」と話した。

一方で片柳神父は、マザー・テレサが奉仕活動をしていく中で「神から見捨てられてしまったのではないか」と苦しんでいた時期があったことを明かした。マザー・テレサはその苦しみから11年目に「初めて闇を愛することができた」と告白し、「なぜならこの闇は、イエス様が地上で味わった闇と痛みの、ほんの小さな一部分でしかないと信じているからです」と証しした。そして、「自分に与えられた使命は、世界中に行って苦しんでいる人々の物心両面において一緒に苦しむこと」だと語っている。

マザー・テレサは、1997年9月5日の午後8時半から9時半の間に、愛する御父の腕の中に戻っていった。最後の言葉は「ジーザス・アイ・ラブ・ユー」だったという。

前半の最後は、「もしも私が聖人になるなら、それは『暗闇の聖人』でしょう。いつも天国を留守にして、地上の暗闇(貧しい人たち)に明かりをつけて歩き回るに違いありません」というマザー・テレサの言葉で締めくくった。

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笑顔のアーティストRIEさん。RIEさんの描く絵は見る人を笑顔にする。

後半では、笑顔のアーティストとして知られるRIEさんが登壇した。RIEさんは、「心の豊かさ、温かさを世界中に広げたい」という願いを込めて絵を描き続け、2012年にANA60周年機体デザインコンテスト大賞を受賞。現在は、個展など幅広い分野で活躍する。今年3月には、マザー・テレサの言葉とRIEさんの絵、そして片柳神父のエッセーで構成された本、『あなたのままで輝いて』を出版した。

この日は、「輝いて生きる」ことについて、自身の経験を通して証しした。RIEさんは、「人はありのままの自分が受け入れられたときに初めて輝ける」と話し、「自分を大きく見せようとか、人の評価ばかりに気にしていたのでは、輝きから離れてしまう」と語った。

マザー・テレサの「私は神様の小さな鉛筆。神様が考え、神様が描くのです」という言葉が大好きだというRIEさんは、「輝きから外れそうになるとき、私は鉛筆に徹する。『私を平和の道具としてお使いください』と神様に全てを委ねると、輝きに戻ることができる」と話した。

さらに「私の絵を見て優しい気持ちになってくれるのはうれしい。きっと、その人の中にある『心の豊かさ』に響き合って優しい気持ちになるのだと思う」と分かり合えることの喜びを話した。そして、今後も、人の心にある喜びや豊かさに響き合える作品を作っていきたいと抱負を語った。

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3月に出版された『あなたのままで輝いて』(PHP研究所)。マザー・テレサの言葉とRIEさんの絵、そして片柳神父のエッセーで構成されている。どこから読んでもいいようにページ数はつけられていない。(画像:PHP研究所提供)

続いて、『あなたのままで輝いて』から抜粋されたマザー・テレサの言葉が、RIEさんの絵と共に会場のスクリーンに映し出された。片柳神父は「その時、私の目の前にいる人が、私の全てです」など、マザー・テレサの人生そのものから生まれた言葉一つ一つを丁寧に説明し、その言葉が持つ「人を愛するためのヒント」を伝えた。

最後に片柳神父は、「あなたのままで現実を受け入れ、ありのままの自分を大切にする。自分のことを否定すれば輝くことはできない」と力を込め、「ないものを見ないで、あるものに感謝する。幸せは私たちの手の中にある。見方を変えれば見えてくるのものはたくさんある」と締めくくった。

講演会を聞きに来た20代の女性は、「元気をもらった。片柳神父のマザー・テレサの話は、何度でも聞きたくなる」と感想を話した。また30代の女性は「マザー・テレサのお母さんの話が聞けてよかった。もっと知りたいので、お母さんに関する本を書いてもらいたい」と語った。

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