イラク北部モスルにある2つの歴史的教会が15日、過激派組織「イスラム国」(IS)の支配から8年を経て正式に再開した。この日に行われた式典には、教会関係者だけでなく、政治家や国連機関の代表者、地元住民らが出席。減少するモスルのキリスト教徒にとって、象徴的な復興の兆しとなった。
再開したのは、7世紀にまで歴史をさかのぼるシリア正教会の聖トマス教会と、カルデア典礼カトリック教会のアル・タヒラ教会。聖トマス教会は使徒トマスがインドへ向かう途中に滞在した場所に建てられたとされ、アル・タヒラ教会は1743年にペルシャの侵略者から町を守ったとされる聖母マリアの顕現を記念している。
両教会が位置するモスル旧市街は、2014年から17年にかけてISの支配下に置かれていたが、その間、聖トマス教会は刑務所に転用され、アル・タヒラ教会は爆破され廃墟と化していた。
その後、22年に両教会の修復が、紛争後の地域に文化的ランドマークを再生する取り組みの一環として始まった。修復は、文化遺産の保護を行っている国際組織「アリフ財団」が主導し、イラク国家考古遺産委員会が協力した。また、パリに拠点を置くカトリック慈善団体「東方事業団」が、フランス国立文化遺産研究所の指導の下、修復作業を管理した。
修復チームはまず、現場から地雷や爆発物を除去することから作業を始めた。慎重に修復されたものの中には、聖トマス教会の13世紀に造られた雪花石膏(せっこう)製の扉があった。この扉は、ファルシュとして知られる地元の大理石から彫られ、12使徒と一緒にキリストが描かれている。
両教会の鐘は、大火災に遭ったノートルダム大聖堂の鐘も修復したフランスのコルニーユ・アバール鋳造所によって鋳造された。鐘には「真理はあなたがたを自由にする」(ヨハネ8:32)や、「私は、平和をあなたがたに残し、私の平和を与える」(同14:27)という聖句が刻まれた。
修復プロジェクトを支えるため、3年間訓練を受けた地元出身のファディさん(27)は、バチカンニュース(英語)に対し、教会の再開は難民となったキリスト教徒にとって「希望の兆し」だと語った。
「(教会の再開は)国外に住むキリスト教徒に、モスルの状況が改善し、故郷に戻れることを示すものです」
カトリック系メディア「ゼニット」(英語)によれば、モスルのキリスト教徒人口はかつて、全住民約200万人の14パーセントを占めていたが、現在では60世帯未満にまで減少している。
カルデア典礼カトリック教会のナジブ・ミカエル・ムッサ大司教は式典後、「これらの教会は単なる石造物ではありません。信仰と歴史、共同体の記憶そのものなのです」と語った。その上で、修復は「信仰は傷つくことはあっても消えることはない」ことを示すものであり、鐘の音は「信者だけでなく未来をも呼び起こす」ものだと述べた。
両教会でそれぞれ15日に行われた式典は、モスル市民に再開を伝える公的な行事として行われた。これとは別に、聖トマス教会は前の週に、アル・タヒラ教会は16日に、それぞれの教派の伝統に従った献堂式を行った。
シリア語圏のキリスト教メディア「シリアックプレス」(英語)によると、アル・タヒラ教会の式典には、カルデア典礼カトリック教会のルイス・ラファエル・サコ総大司教のほか、シリア正教会のモル・イグナティウス・アフレム2世総主教も出席した。また、イラクのアハメド・バドラニ文化相、モスルのあるニーナワー県のアブドルカーディル・ダヒール知事、フランスのパトリック・デュレル駐イラク大使、また国連教育科学文化機関(ユネスコ)や東方事業団の代表者らが出席した。
サコ総大司教は、「(アル・タヒラ教会の再開は)単なる石の修復ではなく、信頼の回復です。モスル市民とイラク全土への平和と希望のメッセージなのです」と述べた。また、かつてモスルには13のカルデア典礼カトリック教会と3つの修道院があったことに触れ、その大半が現在廃墟となっていると指摘。「モスルは7世紀末にイスラム教徒が到来するはるか以前から、キリスト教の拠点でした」と強調した。
そして、相互信頼と人間的・友愛的・国民的関係を訴え、「過激主義と党派主義は国家も平和も築けません」と警告。社会を友愛、尊重、他者受容の価値観で再建する必要性を訴えた。
サコ総大司教はまた、イランが支援するバビロン運動(ライアン・キルダニ氏が率いるイラクの政党)を直接非難し、「われわれキリスト教徒には民兵組織など存在しません。仮にそのような集団があったとしても、それはキリスト教の倫理とは無関係であり、われわれはそれを認めません」と述べた。その上で、イラクのキリスト教徒は、法的・政治的一貫性と安全保障戦略の下で、完全かつ平等な権利を持って生活できるべきだと訴えた。