社会的弱者の友として―賀川豊彦の生涯(12)日本の罪に泣く

2016年6月18日23時48分 執筆者 : 栗栖ひろみ 印刷
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そんな時、三陸地方に激しい地震があり、多くの死者が出た。続いて津波が押し寄せ、大惨事となる。賀川は、直ちに「イエスの友会」のメンバーを集め、被災地に救援隊を送り出すとともに、自らは連日大きな荷車を引いて東京各地を歩き、衣類や食料の寄付を募った。

それから1カ月もたたないうちに、今度は関西で風水害があった。賀川は災害地の人々を救助するために大阪、東京間を何度も往復した。この時の「四貫島(しかんじま)セツルメント」の働きは素晴らしいものであった。東京からも「イエスの友会」のメンバーが駆けつけて救援に当たった。

関西の風水害の後始末も十分にできないうちに、今度は東北地方で飢饉(ききん)が起こった。賀川は「日本キリスト教連盟」の総会に提案して、飢餓の農家と親類になって子どもを1年か2年引き取って世話をする「親類運動」というのを始めた。この素晴らしいアイデアで、多くの農民が救われたのであった。

彼は連日農家を訪れ、飢餓の家庭の子どもをクリスチャンの家庭に預けたり、捨て子を施設に入れたりと息つく暇もなく働きかけた。

そんなある日のこと。東北地方のある町を通りかかったとき、一軒のうらぶれた酒場からどきつい化粧をした女が出てきて彼の袖を引いた。

「ちょっと寄っていらっしゃいよ」。そう言って中に誘い込もうとした。「急いでいるもんでね」。そう言ってその手を振り放した瞬間、賀川の目は相手の顔に吸い寄せられた。どこかで見た顔だ。この目、この口もと。

「花枝ちゃん!」。彼は叫んだ。「あんた、新川にいた花枝ちゃんじゃない?」。相手もしばらく彼を見つめていた。――とたちまちその目が涙でいっぱいになった。しかし、それもつかの間で、その目にはずるそうな表情が浮かんだ。「知らないねえ。そんな新川なんて所聞いたこともないよ」

そして中に入ろうとした。賀川は必死でその袖をつかんで引きとめた。そして、ふところから財布を出すと、ありったけの金を彼女に握らせた。それから急いで連絡先を書いた紙をその手に押しつけた。

「おい、そんな所で何をしている」。その時、やくざ風の男が中から出てきた。「この旦那からお金をもらったのさ」。そう言うと、彼女は男と一緒に中に入っていった。しかし、その時、賀川は見た。そむけた彼女の痩せた頬に、涙が一筋伝うのを。

彼の目の前に、手のとれた人形を抱いて笑いかける、おかっぱ頭の女の子の姿が浮かび上がった。花枝ちゃん・・・。彼はその名を呼び、号泣した。この子もまた、彼のふところから奪い去られたのだった。

1937(昭和12)年10月。盧溝橋(ろこうきょう)事件が起こり、それは日華事変となって拡大していった。ついに日本国内は軍国主義一色に塗りつぶされてしまった。自由主義思想を持つことは一切禁じられ、少しでもこのような主義を持つ者がいれば、直ちに逮捕され、投獄された。

やがて日本軍は中国へ侵攻し、陸軍部隊は歴史に汚点を残すような残虐行為の数々を行った。南京大虐殺は世界中を震え上がらせた。日本軍がこの地で行ったことは、あらゆる時代にあらゆる国でなされた蛮行に勝るとも劣らない恐ろしいものであった。

1940(昭和15)年8月25日。賀川は松沢教会の礼拝で、日本国民は平和と無抵抗主義に徹すべきことを会衆に訴えた。

「キリスト者の生活は、ハンセン病患者のうみをすすり、人の嫌がることを引き受けることです。また、自分を打つ者には頬を向け、相手が満足するまで打たせることです・・・」

礼拝が終わると、彼と小川清澄(きよすみ)牧師は憲兵に捕らえられ、「渋谷憲兵分隊」に連行された。そしてその夜、賀川は厳しい取り調べを受けた。

「今問題にしたいのはこれだよ」。係官は、彼の前に1940年版のカレンダーを投げ出した。それはヘレン・タッピングが編集し、米国でよく読まれている『カガワ・カレンダー』であり、41年版の印刷途中で憲兵隊によって押収されたのだった。

「中国の同胞へという中で、こう書かれている。日本の罪を許してください・・・心ある者は日本の罪を嘆いています・・・。こりゃ一体何だ!」

賀川は黙したまま、自分のためには何一つ言い開きをしなかった。その後、刑法95条に問われ、巣鴨拘置所に移される。外務大臣の松岡洋右(ようすけ)は驚き、司法大臣風見章(あきら)に迫った。「賀川さんをすぐに出せ。それができないなら、自分が代わりに刑務所に入る」

これは大きなニュースとなり、間もなく賀川と小川牧師は釈放された。

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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