社会的弱者の友として―賀川豊彦の生涯(8)立ち上がる労働者たち

2016年4月16日17時03分 コラムニスト : 栗栖ひろみ 印刷
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「米騒動」は全国的規模に発展し、労働者を目覚めさせ、意識を高めることになった。この時から日本社会の中に社会主義思想が生まれてくる。

一方、兵庫県の清野知事は、「米騒動」の深刻さを感じるにつけ、賀川豊彦の社会を見通す洞察力に感服し、あらためて彼を呼んで言った。「あなたはキリスト教に根差した博愛心と、日本社会を向上させようとする理想を持っておられる。あなたこそ労働問題に取り組むのにふさわしい人物と思います」

そして、失業問題を解決するために、県営の職業紹介所を作りたいので主事としてふさわしい人物を紹介してほしいと依頼した。そこで賀川は、日暮里のスラムで働いている遊佐敏彦(ゆさ・としひこ)を紹介した。

彼は、米国から帰った賀川を東京中に点在するスラムに案内し、必要な知識を教えてくれた人だった。遊佐は賀川の頼みを聞くと、日暮里を引き揚げて神戸に移ってきた。そして間もなく「兵庫県救済協会生田川口入所」が開設されたのだった。

一方賀川は、米国から帰国した直後に「友愛会神戸連合会」から招かれ、「鉄と筋肉」と題して講演を行い、労働者の結束を呼び掛けた。反響は思いのほか大きく、1919(大正8)年4月にこの組合は「友愛会関西連合組合」と改称され、賀川は推されて理事長となった。そして鈴木文治らと手を握り、大阪に消費組合「共益社(きょうえきしゃ)」を作った。

1920(大正9)年3月15日。株式の大暴落があり、銀行の破たん、貿易会社の倒産が相次ぎ、不況が全国を覆った。新川の木賃宿は失業者で身動きできないほどで、新聞は毎日のように心中事件や自殺を報じ、犯罪も増加した。

そんな時、川崎造船所の職工、青柿善一郎(あおがき・ぜんいちろう)が同士を集めて購買組合を作ることを計画した。これを知った賀川は彼らと話し合い、労働組合運動と消費組合運動を同時に興していくことを決意。そしてその年の10月、「神戸購買組合」ができたのであった。

ところで、労働運動が各地で高まりを見せるに従って、普通選挙の獲得ということが叫ばれるようになった。人々は自分も国民の1人として自らの意思で政治家を選ばなくてはならないという意識に目覚めたのであった。

これに先立ち、大阪において、尾崎行雄、今井嘉幸(よしゆき)、そして賀川豊彦は馬に乗ってデモ隊の先頭に立ち、賀川が作った「普選の歌」を歌いながら行進した。一方、関東にも同じように政治運動を起こした一派がおり、彼らは暴力で要求を通して政治を変えようとしていた。

10月2日。大阪天王寺の公会堂で「総同盟神戸連合会(旧友愛会神戸連合会)」8周年記念大会が開かれると、関東のグループも合流して討論会が開かれた。荒畑寒村の一派は赤旗を振り、大杉栄(おおすぎ・さかえ)の一派は黒旗を振った。

「暴力はある程度必要である!」。関東側を代表し、麻生久(あそう・ひさし)が叫んだ。「労働者は長い間搾取され圧迫されてきた。それにもかかわらず、政府が何もしてくれないなら、われわれはここで暴力を用いてでも政治を変えていかなくてはならない」

彼らは一斉に拍手した。そして、関西側の意見を求めてきたので、賀川は言った。「確かに労働者たちはひどい扱いを受けてきました。私は彼らの苦しみをよく知っています。だから労働組合を作ったのです。しかし、いかなる場合にも暴力を用いてはなりません。剣を取る者は剣で滅びるというキリストの教えは、歴史始まって以来の真理です。暴力を用いたなら、目的を達成できないばかりか、その目的をも見誤ります」

これに対し、関東側はやじを浴びせた。「無抵抗主義などに用はないぞ!」「引っ込め、ヤソ坊主!」

その晩は、「共益社」の2階で皆一緒に寝ることになった。眠れずに寝返りを打っていた賀川は、自分の隣の大杉栄も目を開けていることを知った。2人は小声で話を始めた。そして、彼らの理想は労働者を目覚めさせ、生活を向上させるという点では同じであるが、たった一つの点で折り合えないことが分かった。

「社会の改革は流血を避けていては永久に成し遂げることはできないのです」。大杉が言えば、賀川は彼に問い掛けた。「ではあなたは、目的のためにはいかなる手段を用いてもいいとお考えですか? その目的に絶大な信頼を置いているうちはいいかもしれない。でも、それに絶望したときはどうしますか?」

すると、大杉はむっくりと起き上がり、正面から賀川を見た。「恐ろしい言葉だな。確かにそうです。目的に対して全てをささげられなくなったときは、死があるのみです」

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栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。派遣や請負で働きながら執筆活動を始める。1980〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、1982〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、1990年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)、2003年『愛の看護人―聖カミロの生涯』(サンパウロ)など刊行。動物愛護を主眼とする童話も手がけ、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で、日本動物児童文学奨励賞を受賞する。2015年より、クリスチャントゥデイに中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。編集協力として、荘明義著『わが人生と味の道』(2015年4月、イーグレープ)がある。

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