子どもと礼拝の会10周年記念講演会 トマス・J・ヘイスティングス博士が語る「賀川豊彦と幼児教育」

2015年1月29日15時12分 記者 : 守田早生里 印刷
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「子どもと礼拝の会」の10周年記念講演会で講演する、日本国際基督教大学財団の主任研究員で、同会の立ち上げを導いたトマス・J・ヘイスティングス博士=17日、横浜ユニオン教会(横浜市中区)で

2004年に日本で活動を始めた「子どもと礼拝の会」が10周年を迎え、17日、記念礼拝と講演会が横浜ユニオン教会(横浜市中区)で行われた。

同会は、米ミシンガン州にあるウェスタン神学校で考案された子ども向けのプログラム「子どもと礼拝」を、日本の教会、キリスト教系の幼稚園や保育園で実践。昨年からは、導き手認定コースも設け、展開している。活動は、横浜ユニオン教会に隣接する「子ども礼拝センター」で行っているが、受講者は超教派でプロテスタントの各教派、カトリック、聖公会の信徒もいるという。

2002年、同会の世話人・西堀和子さんは、同プログラムの実践書『ちいさな子どもたちと礼拝』の原書でもある、米国で発刊された『Young Children and Worship』の著者ソーニャ・スチュワート博士に会った。この斬新なアプローチに熱い思いを持った西堀さんは、トマス・J・ヘイスティングス博士の研究室を訪れる。西堀さんは、同書を和訳したい旨をヘイスティング博士に伝え、一方、知人を通してすでに同書を知っていたヘイスティングス博士は、「誰かに和訳をお願いできないか」という思いを持っていたという。

また、横浜ユニオン教会の宣教師で、認定トレーナーのブラウネルのぞみさんは、ウェスタン神学校卒業時に、日本でこのプログラムを展開し、日本の子どもたちに神の言葉を伝えるビジョンを与えられていた。ヘイスティングス博士、西堀さん、のぞみさん、徐々にその作業を支援する「世話人」が集まり、「子どもと礼拝の会」の設立に至った。

同会の礼拝は、静かに神と向き合う時間から始まる。この日は大人ばかりだったが、子どもの礼拝の時にも静かに神と向き合うことから始め、静かに賛美をささげる。派手に楽器を鳴らすことなく、静かに祈りと共にささげる賛美は、まっすぐに心の目を神に向け、日頃の喧騒から離れ、ひとときの癒しを感させる。

「子どもが自ら神様に出会う礼拝」を目標にしている同会。「『礼拝中は静かにしなさい!』とか『シィー、静かに!』などと言われなくても、子どもたちは礼拝の初めにきちんと神様と向き合うことを、プログラムの一部として学びます。静かに神様と向き合う時間を意識的に持つことのできる礼拝の時間をより濃いものにするために、この時間はとても重要です」とのぞみさんは話す。

興味深いことに、このプログラムは北米で広まり、南米やその他の地域でも広がりをみせているという。派手なダンスを好むイメージの濃い地域の教会でも、静かに神の臨在を確かめる時が大切にされているようだ。

子どもと礼拝の会10周年記念講演会 トマス・J・ヘイスティングス博士が語る「賀川豊彦と幼児教育」
礼拝で用いる木製のフィギュア。静かに心の準備をし、賛美をささげた後は、布や木で作られたフィギュアを用いて聖書の物語が語られる。

静かに心の準備をし、賛美をささげた後は、木で作られたフィギュアを用いて聖書の物語が語られる。紙芝居とは違い、子どもたちの目の前で繰り広げられる物語に、どの子も真剣に耳を傾け、聖書の物語を味わっているという。大きなロウソクに火がともされ、感謝の祈りの後、この日の記念礼拝は終了した。

「日本の教会では、子どもを引き付けるためにさまざまなイベントを計画し、実行していることと思いますが、教会がこの世の流行(はや)りに合わせるのではなく、教会は教会にしかできないことを提供するというのが、実は大切なことなのではないかと思います」

同日行われた記念講演会では、日本国際基督教大学財団の主任研究員で、同会の立ち上げを導いたヘイスティングス博士が登壇した。2011年からキリスト教社会運動家の賀川豊彦を研究しているというヘイスティングス博士は、賀川豊彦を「当時の米国では、恐らく天皇陛下の次に有名な日本人ではなかったのではないか」と紹介した。

賀川は、いつの時代にも子どもに大きな期待を寄せ、その人権を守る活動をしてきたことから、1999年12月、国連が採択した「子どもの権利条約」のもと、「子どもの最善の利益を守るリーダー」として、世界の52人の1人に選ばれた。「世界の52人のうちの1人に賀川は選ばれている。みなさんはこれを知っていましたか? 日本人、特に日本のクリスチャンは、これをもっと誇るべきだ」と力強く話した。

ヘイスティングス博士が調べたところによると、米ニューヨーク・タイムズ紙にも、これまでに93回も賀川を取り上げた記述があるという。このことからも、いかに賀川が米国社会で大きな存在であったかが分かる。

賀川は、戦前・戦中を通して反戦運動を続けた。その間、思想犯として二度ほど憲兵に捕らえられた。「賀川は、軍国主義に反対をしていたものの、一方で幼いときからの教育もあってか、天皇陛下には敬意を表していたのでは」とヘイスティングス博士は語る。太平洋戦争も終盤に近づく頃、日本の各地が空襲の被害にあう有り様を見て米国に対する敵意をあらわにし、ラジオ放送などを通して強く非難したともいわれている。戦後に行った説教では、「日本は十字架の愛によって、必ず復活する」と語り、多くの人々を救いへと導いた。

また、賀川がよく使う言葉に「自然界は生きる神の衣である」がある。ヘイスティングス博士は、この言葉に注目し、「私たちは、自然界を神様からの愛のしるしとして受け止めているだろうか?」と問い掛けた。著書の中で、賀川は、「宗教教育は、感覚を通して行われるべき。室内で経験を語るだけでなく、野原、小川、山などで自然と接して、神と神の創造物への驚異の念を育てるべきではないか」と説いている。神との関係、自然との関係、他者との関係の中で、人の「人格」は形成されるとヘイスティングス博士は語った。

17日は、計らずも「阪神・淡路大震災の日」であった。20年前、神戸市灘区に住んでいたヘイスティング博士は、神戸の自宅で被災。家族は全員無事であったが、その時のことを昨日のことのように思い出すという。当時、10歳だった娘は、部屋に飾ってあった十字架を見上げ、必死に祈ることで慰められたと話した。「当時の娘に、『贖罪』などの難しい話は分からなかったと思います。しかし、こうすることで慰められ、彼女なりの十字架の解釈があったことは確か」と話した。

この日、神戸の震災を共に体験したという聖和大学の教え子が、ヘイスティングス博士に会うために会場を訪れた。握手を交わすと、言葉を超えた何かが互いに走り、涙ながらに「あの時は、本当に大変だった」と静かに話した。自然災害の多い日本において、「生きる神の衣」に感謝と畏敬の念を払い、神に祈りつつ生きていくことこそ、賀川が後世に伝えたかったことなのかもしれない。

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