牧師の小窓(28)福江等

2016年5月15日06時53分 コラムニスト : 福江等 印刷
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「ひかりごけ」というコケの一種をご覧になったことがありますか。私は、浅間山の鬼押出しという火山の噴火で、溶岩の固まった岩山の片隅の奥の方に「ひかりごけ」を見ることができました。

岩穴の暗い所で青く金色に輝くコケを見たときは興奮しました。なぜかというと、以前、武田泰淳という作家が書いた『ひかりごけ』という短編小説に深く引かれたことがあったからです。

この小説は、実際に起きた事件を元に書かれた小説です。1943(昭和18)年12月、根室沖を出帆して知床経由、小樽に向かった陸軍徴用の漁船団の1隻が難破して、知床半島の羅臼の海岸に打ち上げられたのは4人でした。

極寒と疲労と飢えの中に60日、ただ1人生き残った船長に、人肉を食った疑いがかけられたのです。やがて裁判が開始され、峻烈きわまる検事の論告が続きます。

作品の終わり近く、船長はまことに奇妙な発言をします。人肉を食べたものは、首の後ろに光の輪ができるのだと言う。その輪は、人肉を食ったものには決して見えないのだとも言うのです。

「私には光の輪が付いているのです。それが目印なのです。あなた方には見えるはずなんですよ。よく見てください。もっと近くに寄って、よく見てください」と、船長はしきりに問い掛けます。

しかし、検事にも、弁護士にも、裁判長にも、傍聴席の男女にも何も見えない。見えないばかりか、それら全ての人の首に妖しい光の輪がともっているのです。むろん、それも見えないのです。

「見えない。見えない」。群衆は立ち上がり、蒼然(そうぜん)たるうちに幕が下りる。そういった小説です。

人が人を裁くことができるのか、ということを鋭く世に問うた作品であります。もし自分があの船長の立場であったら、人肉を食べていなかったと断言できるだろうか。

人が極限状況に置かれたときに、何をする可能性を秘めているかという深い自覚を持たない人が、他の人を高い所から裁くことの愚かさを、泰淳は指摘したのでしょう。光の輪は知床半島の天然記念物「ひかりごけ」のように光っていたというのです。

牧師の小窓(28)福江等
知床半島の岩穴の奥に静かに光る「ひかりごけ」

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福江等

福江等(ふくえ・ひとし)

1947年、香川県生まれ。1966年、上智大学文学部英文科に入学。1984年、ボストン大学大学院卒、神学博士号修得。1973年、高知加賀野井キリスト教会創立。2001年(フィリピン)アジア・パシフィック・ナザレン神学大学院教授、学長。現在、高知加賀野井キリスト教会牧師、高知刑務所教誨師、高知県立大学非常勤講師。著書に『主が聖であられるように』(訳書)、『聖化の説教[旧約篇Ⅱ]―牧師17人が語るホーリネスの恵み』(共著)、『天のふるさとに近づきつつ―人生・信仰・終活―』(ビリー・グラハム著、訳書)など。

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