牧師の小窓(23)福江等

2016年4月10日14時26分 コラムニスト : 福江等 印刷
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戦争の悲惨さを世界中の人々に示した一枚の写真があります。一度目にすると心に焼き付けられます。ご覧になられた方も多いでしょう。優れた報道写真に贈られるピューリッツァー賞を受賞した写真です。

1972年6月8日のこと、ベトナム戦争の最中、中央の少女は米軍のナパーム弾を受けて、燃え上がる衣服を一枚ずつ脱ぎ捨てながら逃げているのです。当時9歳だった彼女は、背中一面や腕にやけどを負い、兄弟らと共に泣き叫びながら裸で逃げ惑っていました。少女の名前はファン・ティー・キム・フックさんといいます。

その後、重度のやけどを負ったキム・フックさんは17回にも及ぶ皮膚の手術を受け、奇跡的に助かりましたが、今も激しい痛みとケロイドとなった傷が生々しく残っているといいます。

社会に翻弄(ほんろう)されて心の平安を求めていた19歳のキム・フックさんはある時、図書館に行き、いろんな本を読んでいました。その中に新約聖書があったのです。そして、20歳の時、友達のつながりで足を運んでいた教会で、キリストによる救いと回心の経験をします。

その後いろいろな経緯を通って、彼女はカナダに亡命するのですが、1996年秋のこと、彼女が33歳の時、アメリカ・ワシントンDCで開かれたベトナム戦争追悼式典に招かれてスピーチをすることとなりました。

彼女はスピーチの中で、「私たちは歴史を変えることはできないが、現在と未来のために良い行いをして、平和を促進していくべきではないか」と語りました。その式典の直後のことです。あの時、キム・フックさんの村にナパーム弾の投下を命令したかつての米軍兵士で、今は牧師となっていたジョン・プラマーという人が、彼女に会いに来ていたのです。

プラマー氏は彼女の足元にひざまずいて「すみません。すみません」と繰り返すばかりでした。「いいんです。もう赦(ゆる)しますから。そのために私はここに来ているのです」と言い、彼と笑顔で握手したのです。

現在キム・フックさんは国連のユネスコ親善大使に任ぜられており、戦争で親を亡くした子どもたちのためのNPOを立て上げ、物心両面で世界中の子どもたちを援助しておられます。

牧師の小窓(23)福江等
キム・フックさん(写真中央)=1972年

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福江等

福江等(ふくえ・ひとし)

1947年、香川県生まれ。1966年、上智大学文学部英文科に入学。1984年、ボストン大学大学院卒、神学博士号修得。1973年、高知加賀野井キリスト教会創立。2001年(フィリピン)アジア・パシフィック・ナザレン神学大学院教授、学長。現在、高知加賀野井キリスト教会牧師、高知刑務所教誨師、高知県立大学非常勤講師。著書に『主が聖であられるように』(訳書)、『聖化の説教[旧約篇Ⅱ]―牧師17人が語るホーリネスの恵み』(共著)、『天のふるさとに近づきつつ―人生・信仰・終活―』(ビリー・グラハム著、訳書)など。

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