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聖ニコラスの生涯

サンタ・クロースと呼ばれた人―聖ニコラスの生涯(36)あなたを赦します

2026年1月7日19時38分 コラムニスト : 栗栖ひろみ
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サンタ・クロースと呼ばれた人―聖ニコラスの生涯(1)孤児ニコラス+
聖ニコラスの肖像画(画:ヤロスラフ・チェルマーク)

何日か旅をして、ようやくスプリトに着いたニコラスとアペレは、ディオクレティアヌス先帝の別荘を訪ねて行った。ニコラスはアペレを門の所で待たせ、自分一人で管理人に面会を申し込んだ。

「あの方は、もはや何の権利も持っておられないし、お会いになってもまともにお話もできますまい」

管理人は声を潜めて言ったが、ニコラスを奥に通した。部屋の中は薄暗く、明かりもつけずに窓側のベッドに横たわっている人がいた。人の気配を感じるや、彼はがばと身を起こし、両手で身を守るように顔を隠して、しゃがれ声で言った。

「こんな牢獄まで来られるのは、どなたですかな? ご覧のように、私はもはや何の力もない一人の老人です。もし、何かおとがめがあるなら、この惨めな姿を見てご容赦を」

ニコラスは、静かにベッドに近寄った。そこには、あの教会堂を破壊したり、キリスト教徒たちを拷問、処刑するよう命じたりした恐ろしい暴君の面影は全くない、やつれ果てた、しわくちゃな老人がいるだけだった。

「あなたは、どなたかな?」「私はミラの町でお菓子屋をやっているニコラスと申します」

彼は、自分が教会の聖職者であることを隠して答えた。「ご安心ください。私はあなたが神様の赦(ゆる)しを得て、安らかな日々を送られるようにお助けしようと思って来た者です」

すると、ディオクレティアヌスはじっと相手を見つめたかと思うと、わなわなと震え出した。「あなたはクリスチャンでいらっしゃいますな。だって罪の赦しを神に祈る権威のある方は、クリスチャン以外にないのだから」

それから、その濁った目から痛ましい苦悩がにじみ出てきた。「ミラから来られた方。あなたに家族はおありかな。もしあるなら、どうかそれに免じて勘弁してくだされ。もう私は十分に罰せられてきた」

そして、身をよじるようにして言った。「私の妻と娘はな、私の部下だった男に逮捕され、何もかも取り上げられた末に流刑となった。そうしてたどり着いたテサロニケの広場でさらしものにされた上、処刑されました」

そして、彼はすすり泣いた。「二人がテサロニケにやって来たのも、きっと私がいるこのスプリトに一歩でも近づきたいからでしょう。娘は最後に『お父さん!』と言ったそうです」

ディオクレティアヌスは突っ伏して、しばらく顔を上げなかった。ニコラスは、そっと近づき、この不幸な人の手を握りしめた。

「これが私の受けた罰です。残虐なことを行ってきた権力者が、その末に受けた罰の中でも最も厳しい罰でした。これというのも、何の罪もないのにクリスチャンたちを捕らえ、拷問し、処刑した報いなんですわ。だから、私は一人でこの咎(とが)を背負ったまま、地獄に行かねばならないのです」

あまりの哀れさに、ニコラスの目から涙があふれ出してきた。「お聞きください」。ニコラスは、相手の手をなでながら言った。「あなたの奥様とお嬢さんは、苦しくつらい思いをなさったことでしょうが、今は痛みも苦しみもない天国で、神様の懐に抱かれています。そして、あなたは――もう十分に罪の償いをなさいました。神様は、あなたを赦してくださいますよ。そして、天国でお二人と再会できるようにしてくださいます」

「ええ? お赦しが! この私にお赦しが!」ディオクレティアヌスは、いきなり飛びすさると、彼の前に膝をついた。

「あなたはやっぱり、クリスチャンの方ですな。分かります。この私のために執り成しをしてくださるのですか?」

そこでニコラスは、人間には誰でも罪があること、しかし、どんな罪びとをも主イエスは愛してくださり、十字架でその罪を精算してくださったことを話して聞かせた。そして、彼の頭に手を置くと、宣言した。

「イエス・キリストの御名によって、あなたに告げます。あなたの罪は赦されました」

すると、見る見るうちに、ディオクレティアヌスの心身に変化が見えてきた。血走った目から陰険な色が消え、口元に微笑が浮かんだ。ほっと息をつくと、彼は再びベッドに横たわった。そして、懐かしい友人を見るように、ニコラスを見上げて言った。

「ありがとう。これでゆっくり眠れます」。そして、彼は眠りについた。

*

<あとがき>

一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった東ローマ皇帝ディオクレティアヌスも、帝位を降りれば何の力もない一人の老人でした。彼は病み衰えた体を引きずるようにして、一人スプリトの別荘に引きこもっていました。

この時、彼は自分が全く一人ぼっちであることに気付いたのでしょう。しかも、彼はこの時、心に大きな悲しみを負っていました。それは、愛する妻と一人娘が、全てを剥奪された上、王宮を追われ、はだしで各地をさまよった上、テサロニケで捕らえられて処刑されたのでした。

こうしたことから、ディオクレティアヌスは自分がキリスト教徒たちを迫害し、残虐な方法で処刑したので、その報いが下ったのだと考え、赦しを求めて日夜苦しんでいたのです。

どんな暴君も、人間の心を持っていることを考えさせられます。これを聞いたニコラスは、かつての暴君に対し、深い憐(あわ)れみを覚え、イエス・キリストの福音をたずさえてスプリトに行き、最期を看取るために寄り添ったのでした。

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◇

栗栖ひろみ(くりす・ひろみ)

1942年東京生まれ。早稲田大学夜間部卒業。80〜82年『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(日本教会新報社)、82〜83年『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)刊行。以後、伝記や評伝の執筆を続け、90年『医者ルカの物語』(ロバ通信社)刊行。また、猫のファンタジーを書き始め、2012年『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞を受賞。15年より、クリスチャントゥデイで中・高生向けの信仰偉人伝の連載を始める。20年『ジーザス ラブズ ミー 日本を愛したJ・ヘボンの生涯』(一粒社)刊行。現在もキリスト教書、伝記、ファンタジーの分野で執筆を続けている。

※ 本コラムの内容はコラムニストによる見解であり、本紙の見解を代表するものではありません。
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