IS(イスラム国)の地下牢で、改宗か死かの選択を迫られるジェイコブ。沈黙を守る彼に振るわれたのは、計算された残酷な仕打ちと暴力の数々だった。背中が化膿(かのう)し、高熱にうなされながらも、祈る父、喜びに輝く改宗者サラの幻、そして聖書の約束に励まされて彼は耐え忍んだ。これは絶望の淵で、生きて働く神の力を体験した男の証しだ。(第1回から読む)
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勾留されて5日目から、正式な尋問が始まりました。私はカメラが設置された明るい部屋に連れて行かれました。「今日、お前の告白を記録する」と、ヨルダン訛りのある若い男、オマールが告げました。しかし、それは全て茶番でした。彼らは情報を求めていたのではなく、私が転ぶこと、すなわち完全にキリストを否定する瞬間を記録するために待っていたのです。
質問は私を打ちのめすように計算されたものでした。活動の詳細、改宗者の名前、欧米の教会とのつながり。間違っていると見なされた答えのたびに、専門的に訓練された拷問が加えられました。「このやり方はCIAのマニュアルから学んだんだ。面白いだろ?」オマールはそう言いながら、私の指に電極を取り付けたのです。
電気ショックの痛みは言語を絶するものです。それは単に耐え難い肉体的な苦痛だけでなく、筋肉が意思とは無関係に収縮し、歯が砕けそうになるまで食いしばられ、心が必死に助けを求めて叫んでも、助けは決して来ないのです。自分の体を完全に制御できなくなる感覚でした。
この拷問の中で、私は最初の神の介入を経験しました。電気が体中を駆け巡る中、私は祈り始めました。自分でも理解できない音の川のような言葉が口からあふれ出し、それが私の魂を強めました。
オマールは目に見えて動揺し、一歩退きました。「お前はいったい何をしていやがる!」と荒々しく言葉を吐き、電圧を上げて私を黙らせようとしました。しかし、痛みが増せば増すほど、聖なる言葉はせき止められない川のように口からあふれ出したのです。いら立った彼はついにコントローラーを床にたたきつけ、「この黒魔術のクリスチャンめ!」と吐き捨てて部屋を去りました。
その夜、独房の暗闇の中で、ローマ書8章26節が灯台のように鮮明に浮かんできました。「同じように御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、何をどう祈ったらよいか分からないのですが、御霊ご自身が、ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださるのです」
完全な無力さの中で、私の力が尽きたとき、聖霊が私に代わって祈ってくださっているのを感じました。
6日から10日にかけての数日間は、痛みと恐怖が連続して続きました。毎晩、捕らえられたクリスチャンや西側諸国の人々の残酷な処刑ビデオを見せられ、「明日はお前の番だ」という死のささやきで繰り返し脅迫されたのです。
最も残酷な心理的拷問の一つは、12歳にもならない子どもが連れてこられたことです。私の拷問を見せるためです。再びシャハーダ(イスラムの信仰告白)を拒否した私は鞭打たれ、その子の大きくおびえた目が、私の傷跡を見つめていました。
「不信心者の末路はこうだ! よく見ておけ! 小さきムアジドよ!」アブ・マリクはおびえる子どもに怒鳴りつけました。その子のおびえた顔が何度も夢に現れました。その表情に憎しみはなく、深い混乱とむき出しの恐怖がありました。
その夜、体は極度の疲労と痛みにさいなまれていました。しかし私の霊は違いました。決して屈することなく抵抗していたのです。自分でも驚いたことに、私は自分を苦しめる者たちのために声を出して祈り始めました。「父よ、彼らをお赦(ゆる)しください。彼らは自分が何をしているのか分からないのです」
十字架の主イエスの祈りが、私の祈りになりました。その祈りは本心からの祈りでした。私は一人一人の名前を挙げ、アブ・マリク、オマール、監視員たち、そしてあの少年のためにも祈りました。「主よ、彼らにあなたの真理を示してください。あなたの光がこの暗闇を打ち破るようにしてください」と。(続く)
■ イラクの宗教人口 ※内線前の統計
イスラム 98・6%
プロテスタント 0・2%
カトリック 0・04%
正教会 0・3%
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