米国のドナルド・トランプ政権が主導する和平案の第1段階に、イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を拠点とするイスラム組織「ハマス」の双方が合意し、ハマスは13日、生存するイスラエルの人質20人全員を解放した。2年にわたる戦争の終結に期待が高まる中、キリスト教の諸団体や指導者らは、和平合意や人質解放を歓迎するとともに、永続的な停戦や、ガザ地区への迅速な人道支援の実施などを求める声明やコメントを相次いで発表した。
米国は9月29日、20項目からなる和平案を発表。今月9日までにイスラエル、ハマスの双方が和平案の第1段階に合意し、10日正午(日本時間同日午後6時)に停戦が発効した。人質の解放は停戦後72時間以内と定められており、ハマスは13日、生存している人質20人全員を解放するとともに、4人の遺体を返還した。これに対しイスラエルは、終身刑を含むパレスチナ人受刑者250人と、この2年間に拘束したガザ地区の住民ら約1700人を釈放した。
世界教会協議会
世界教会協議会(WCC)のジェリー・ピレイ総幹事は、停戦発効後の11日に声明(英語)を発表し、「深い安堵と共に歓迎する」と述べた。
一方、停戦は「必要かつ希望に満ちた第一歩」だとしつつも、「その脆弱(ぜいじゃく)性と今後の移行期の不確実性」についても認識していると言明。「民間人の保護と国際人道法、人権法の遵守が、今後の全てのステップの指針となるべき」だとし、いかなる統治体制も、パレスチナ人の有意義な参加を確保し、自らの土地に留まる権利を擁護するものでなければならないと述べた。
また、ガザ地区の復興はインフラの復旧のみならず、信頼関係の再構築、人間の安全保障の回復、持続可能な平和と開発の基盤の構築を目指すものでなければならないと強調した。
13日には、イスラエル人人質とパレスチナ人受刑者らの解放と釈放を歓迎すコメント(英語)を発表。愛する人々が帰還した家族や地域社会と喜びを共にするとし、「この残忍な戦争を終わらせるための第一歩が踏み出されたことを歓迎します。そして、トランプ大統領と、この画期的な成果の達成に貢献した全ての人々に感意と祝意を表します」と述べた。

カトリック教会
カトリック教会のローマ教皇レオ14世は12日、X(旧ツイッター)への投稿(英語)で、「ここ数日、和平プロセス開始の合意が聖地に希望の光をもたらしました」と歓迎。「関係諸国が、イスラエルとパレスチナ双方の正当な願いを尊重する、公正で永続的かつ互いを尊重する和平に向けて、示された道を勇気をもって歩み続けるよう促します」と述べた。
その上で、「人類にとって唯一の真の平和である神に、全ての傷を癒やし、今や人間的には不可能と思われることを、御恵みによって成し遂げられるよう願いましょう。すなわち、相手を敵ではなく、見つめ、赦(ゆる)し、和解の希望を差し伸べるべき兄弟姉妹として再発見することを」と続けた。
福音派
米キリスト教調査報道メディア「ロイズ・レポート」(英語)は13日、和平合意と人質解放を歓迎する福音派指導者らの声を伝えた。その一人である米国生まれのメシアニックジュー(ユダヤ人キリスト教徒)の牧師で、現在はイスラエルでヘブライ語のキリスト教テレビ局「シェヌラTV」を運営しているロン・カンター氏は、ユダヤ教の祭日「シムハット・トーラー(律法感謝祭)」の直前に人質が解放されたことに触れた。
シムハット・トーラーは、1年かけてトーラー(旧約聖書のモーセ5書)を読み進めるユダヤ人たちが、その終わりを祝う日。1週間にわたる仮庵(かりいお)祭の翌日に当たり、宗教的に最も喜ばしい日とされている。
ハマスが2年前にイスラエルを急襲した2023年10月7日は、その年のシムハット・トーラーだった。カンター氏は、約1200人が殺害され、約250人が人質として拉致された当時の悲惨な状況を詳述しつつ、それから2年を経て、生存する全ての人質が解放されたことに歓喜するイスラエル国内の様子を伝えた。
米国福音同盟(NAE)のウォルター・キム会長は13日、和平合意と人質解放を歓迎する声明(英語)を発表。「世界の他の指導者と連携して和平合意に至る交渉でリーダーシップを発揮した」として、トランプ氏とそのチームを称賛した。その上で、▼ハマス戦闘員の武装解除を含む全ての当事者による合意の実施、▼ガザ地区への緊急人道支援、▼イスラエル・パレスチナ双方で少数派のキリスト教徒のためなど、具体的な6つの項目を挙げて祈りを呼びかけた。

世界の子どもたちを支援する福音派の国際NGO「ワールド・ビジョン」は9日、和平合意を歓迎する声明(英語)を発表し、「2年にわたる戦争で人生が引き裂かれた何百万人もの子どもたちの癒やしに向けた重要な一歩」だと述べた。一方、停戦だけでは不十分だとし、「迅速かつ大規模な人道支援活動への扉を開かなければなりません」と訴えた。
聖公会
英国国教会(聖公会)は9日、中東担当主教のサザーク主教クリストファー・チェサンら4人の主教の連名で声明(英語)を発表した。
主教らは、「信頼できる平和は停戦から始まらなければなりません」としつつ、「あまりにも長い間、イスラエルがパレスチナ自治区の占領を維持し、パレスチナ人の自決権と国家としての地位を阻害してきた態度と行動を根本的に転換しなければ、平和は持続しません」と主張。イスラエルのヨルダン川西岸地区に対する入植地拡大計画の撤回を求めた。
また、「このガザでの戦争を含め、あらゆる戦争は国際法の対象となります。国際法に違反した場合、戦争終結後であっても、責任者は責任を問われなければなりません」と指摘。そうしなければ、将来の戦争や紛争において不処罰の文化を助長することになるとし、「この2年間、ガザ地区で見てきたようなことは、二度と、どこででも起こってはなりません。同様に、2023年10月7日のイスラエル南部への攻撃、そして殺害と人質の拘束は、どこででも決して繰り返されてはなりません」と述べた。
24人の遺体は未返還
生存する人質20人が解放された13日、トランプ氏はイスラエルの国会で1時間余りの演説(英語)を行い、「新しい中東の歴史的な夜明け」だとし、「イスラエル人だけでなく、パレスチナ人や他の多くの人々にとって、長く痛ましい悪夢がついに終わった」と述べた。その後、同日中にエジプトに移動し、ガザ地区の和平に関する国際サミットに出席。サミットには20カ国以上の首脳が参加し、トランプ氏は、交渉を仲介したエジプト、カタール、トルコの首脳らと共に共同文書に署名した。

一方、和平案では、既に死亡しているとみられる人質28人の遺体も返還されることになっていたが、ハマスは4人の遺体しか返還していない。ハマスが全ての遺体の所在を把握できていないという情報もあるが、タイムズ・オブ・イスラエル紙(英語)によると、イスラエルのイスラエル・カッツ国防相は、ハマスが故意に遺体の返還を遅らせているのであれば合意違反になる述べている。
ロイター通信(英語)によると、人質の移送を担う赤十字国際委員会(ICRC)は、がれきの中から遺体を見つけるのは困難だと指摘。「生存者を解放するよりも大きな課題」だとし、遺体の返還には数日から数週間かかるか、遺体を発見できない可能性もあると述べている。ユダヤ社会では、遺体の埋葬は宗教的にも文化的にも非常に重要視されており、和平案の第2段階にも影響が出る可能性がある。