悪の根源は自分なり 穂森幸一(137)

2019年8月8日07時04分 コラムニスト : 穂森幸一 印刷
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だれでも誘惑に会ったとき、神によって誘惑された、と言ってはいけません。神は悪に誘惑されることのない方であり、ご自分でだれを誘惑なさることもありません。人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。(ヤコブ1:13〜15)

ある男性は、小学校、中学校時代、非常に反抗的な態度をとっていました。そして特に母親に対して恨みを持っていました。母親から自分は無視されている愛されていないと感じていたからです。幼少期の自分の思い出を振り返ってみても、せっかく与えられたクリスマスプレゼントも取り上げられたという惨めな記憶しかありませんでした。

だから大人になったらとにかく家を離れてどこか遠くの地へ行こう、家族と関わりを持たないでいい所で暮らそうという思いを持っていました。

ところが高校生になったとき、捜し物をしていて押し入れの整理をしていたら、一本のビデオテープを発見しました。そこには、家族の思い出というタイトルがつけられていました。何だろうと思って再生してみたら、とてもショックを受けました。

そこには、幼少期の自分が映し出されていたのです。どうもクリスマスらしい雰囲気があります。撮影しているのは父親らしいのです。プレゼントをもらった子どもが、「こんなのは欲しくない。もっと違うのがいい」と言ってせっかくのプレゼントを床に投げつけているのです。そこに母親の声が聞こえてきます。「あなたが欲しいと言ったから買ってきたのに、どうしていらないと言うの。いつもひねくれてばかりだから困るわ。おもちゃ屋さんに返してくるから」と言っているのです。

そこに映し出された幼少期の自分は、ひねくれて生意気な様子でした。プレゼントは取り上げられたのではなく、せっかくもらったものを突き返していただけなのです。自分に都合の悪い部分は、勝手に変換して記憶していたことにショックを受けたのです。幼少期の自分を怒鳴りつけ、殴りたくなったそうです。こんなわがままな子どもだったら自分でも嫌いになるし、世話もしたくないと思いました。

こんな自分を今まで育ててくれて申し訳ないと思い、とにかく勉学に励むようになり、学校を卒業したら、就職して真面目に働きました。後悔の念が強かったので、結婚したら、家庭を大切にするようにしたそうです。そうすると母親が「小さいときのあなたを見ていたら、どうなるかと心配だったけど、高校生の頃からまともになってくれて、真面目に就職し、家庭も築いてくれたから安心したわ」と話したそうです。

この話を聞いたときに、私の心の奥深く突き刺さるのを感じました。と言いますのは、私自身も母親のことをあまり良く思ってなくて、自分に対して愛情不足だったように記憶していました。

小学生の頃、家が牛乳屋だったこともあり、牛乳配達の手伝いをしていたことがあったのですが、真冬の早朝、冷蔵庫から取り出したばかりの牛乳瓶を扱っていますと、軍手をしていても指先が冷たくなり、感覚がマヒするように感じることがあります。そういうときは泣き出したくなり、「冷たかった」と言いながら帰りますと、母親がたきぎを持って追っかけてきて泣き言を言うなと怒られていました。そのときは「この人は鬼だ」と思っていました。しかし、後になって弱虫で泣き虫の私を強くしたかったと言われましたが、自分の中ではずっと納得していませんでした。

ある時、幼なじみの甥っ子の結婚式を司式することになり、その幼なじみにも数十年ぶりに会うのが楽しみでした。ところがその幼なじみの証言にショックを受けることになります。小さい頃の私はワガママで乱暴だったようなのですが、私の記憶からはその部分は抜け落ちていました。

私にズボンのベルトで殴られたことがあったらしいのです。その人が「小さい頃は乱暴な面もあったが、大人になったら牧師さんになって良かった」というのです。小さいときの自分は大人しくて人見知りする子どもくらいに思っていましたので、自分の真実の姿を知ることはとても衝撃です。小さいときの自分は友達が少なかったという記憶がありますが、乱暴で生意気な子どもに友達が少ないのは当たり前です。

私の父方の祖父母はとても厳格で厳しい人という記憶があります。ところが、なぜか私にだけはとても優しくてかわいがってくれたという記憶があります。恐らくひねくれた性格の私は、母親から叱られると祖父母に告げ口していたのではないかと思います。祖父母に両親が叱られるのを見て留飲を下げていたのではないでしょうか。そこから嫁と姑の関係にあつれきが生じるのは当然のことです。母親の苦しみの原因は自分だったのではないかと思うと、とても苦しくなります。このような生意気な子どもだったら、私だったら世話もしたくなくなるはずです。母親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいです。

やがて人生の旅を終えて、神の前に立たされたとき、人生のビデオテープが上映されるといわれます。自分で都合よく自己修正した記憶が正されて真実の記録が映されたら、どのように弁明すればいいのでしょうか。親が悪い、社会が悪い、政府が悪いと周りに責任転嫁して生きてきた姿をどのように言い訳すればいいのでしょうか。このような恐ろしい現実は、間違いなく誰にでも迫ってきます。私たちの弁護人であり、助け主であるキリストにすべてをお委ねするほかはありません。

御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。(ローマ8:26)

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穂森幸一

穂森幸一(ほもり・こういち)

1973年、大阪聖書学院卒業。75年から96年まで鹿児島キリストの教会牧師。88年から鹿児島県内のホテル、結婚式場でチャペル結婚式の司式に従事する。2007年、株式会社カナルファを設立。09年には鹿児島県知事より、「花と音楽に包まれて故人を送り出すキリスト教葬儀の企画、施工」というテーマにより経営革新計画の承認を受ける。著書に『備えてくださる神さま』(1975年、いのちのことば社)、『よりよい夫婦関係を築くために―聖書に学ぶ結婚カウンセリング』(2002年、イーグレープ)。

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