神は存在するのか? 「ノアの洪水」と「紅海の奇跡」から学ぶこと

2018年7月14日23時34分 執筆者 : 溝田悟士 印刷
+西日本豪雨で大きな被害を受けた愛媛県西予市野村町の様子=7日(写真:読者提供)
西日本豪雨で大きな被害を受けた愛媛県西予市野村町の様子=7日(写真:読者提供)

今回の西日本各地を襲った豪雨で、命を失われた方々の魂の平安をお祈りします。また、被災された方々の心が癒やされ、1日も早く希望に満ちた日々が来ますように、お祈り致します。

私は今から7年前、東日本大震災が起こった後、その震災の悲惨さから、新聞やテレビで「神はいない」という言葉を、時々、いや何度も、耳にしたことを思い出しています。

そして今回は、私自身が住んでいる、まさにすぐそばで悲惨な災害が起きました。自衛隊のヘリコプターの音を聞きながら、まさにその時の問いをもう一度、神に問うています。「神様、あなたががいらっしゃるなら、なぜこの悲劇をお止めにならなかったのですか」

次のものは、東日本大震災からほぼ1年が過ぎた頃の2012年3月18日に、岩村義雄先生が率いる「神戸国際支縁機構」の東北でのボランティアに向かう直前に行われた礼拝で、依頼があってお話をさせていただいた原稿です。

わたしは主、あなたの神
海をかきたて、波を騒がせるもの
その御名は万軍の主。(イザヤ51:15)

お話をする機会を与えていただき、感謝しております。

岩村義雄先生から、「波」とは何か、というお題を頂きました。聖書については学んでいながらいまだに素人であり、信仰に至っては褒められたものではない私ですから、間違いがあるかもしれませんが、拙いながらに考えたことを分かち合うことができればと思います。

この箇所を読んで、まず東北を襲った昨年の悲劇を思い起こさない人はいないと思います。昨年の今ごろ、地震による津波で、海がまるで巨大な壁のようになって町を飲み込むさまを、遠くに住む私たちはテレビで見ました。数多くの方が命を失い、いまだに多くの人々が生活に苦しんでおられることを思います。命を失われた方々の魂の平安をお祈りします。また、被災された方々の心が癒やされ、1日も早く希望に満ちた日々がきますように、お祈り致します。

私は、この地震と津波の後、新聞やテレビで「神はいない」という言葉を、時々、いや何度も、耳にしました。私は神様を信じておりますから、それらの言葉を聞くたびに、とても苦しい思いをしました。

「神様がいらっしゃるなら、なぜこの悲劇をお止めにならなかったのですか」と、私は思います。私は神様を信じています。しかし、率直にその答えを見つけ出すだけの能力は持っていないと告白します。この現実の前に、私は無力さを感じています。私と同じように、何らかの「神」を信じていらっしゃる方々ならば、私が感じたこの無力さをご理解くださるのではないかと思います。

ところが中には、その無力さに耐え切れず「神の存在」だけを弁護しようと、「人間」の側からの「工夫と欲」で答えを出そうとする人々もいます。そういう人々は「この度の地震は、神が人間に、日本人に『試練』を与えておられるのだ」と主張しているのです。

はっきり言いましょう。私はこのように「東日本大震災は神の『試練』である」という解決を与える人たちについて、反対します。

旧約聖書の時代を生きた古代人は、自然現象の中に「神」の出現を感じていたようです。私も、古い感覚を持つ人間なのでしょうか。彼らと同じように自然現象を通して「奇跡」が存在することを素朴に信じたいと思っています。そして、私も愚直なまでに「神の全能」を信じています。

しかし、というより、であるが故に、私は「東日本大震災は神の『試練』である」という、神に対する弁護は、明らかな間違い、いや神への冒瀆(ぼうとく)でさえあると思っています。自然現象ならば何でも神様のみ業だと、人間に苦難が降りかかれば神の与えた試練であると、身勝手な解釈をするのはやめたほうが良いと思います。人々に加えられた悲惨な出来事を、「偉大なる神のみ業である」と強弁することに私は怒りすら覚えます。

本当に、この度の大震災は「偉大なる神のみ業」だったのでしょうか。確かに、神はこの世界に自然の法則を曲げる「奇跡」を持って介入されます。では、この度の大震災によってどのような「奇跡」が、そして「利益」が私たちに与えられたというのでしょうか。

この度の地震による大津波は、善人であるか悪人であるかに関係なく、「無差別」に数多くの命を奪い去っていきました。津波による被害の拡大も、原子力発電所の事故も、常に警告されてきた「か細い声」がかき消された結果起きた悲劇であり、企業や国家、あるいは関与した個々人の私利に原因があるのです。これについては責任がない、とはいえないでしょう。必ずや神は終わりの日に、それら権威に寄り掛かかることで懐を肥やしてきた人々の罪を問うでしょう。

しかし、これらの災害、事故は、数多くの無関係な人をも巻き込んでいるのが現実ではありませんか。さらにひどいことに、防災体制、原発の賛否、国家の在り方、日本人の持っている価値観、それらの「転換」のために、神が地震を起こしたと答える人もいます。確かに、国民一人一人に、過去の判断において間違いがあったかもしれません。しかし、人々の「反省」を得るためとしては、今回の地震と津波による被害、悲しみ、苦難は、あまりにも大き過ぎはしないでしょうか。「反省」で得られる利益よりも、被災地の方々の悲惨な苦しみの方が、釣り合いが取れないくらいはるかに大きいのです。

「神様がいるなら、なぜこの悲劇を止めなかったのか」

この問い掛けに、私は答えることができないと率直に告白します。しかし、東日本大震災に関して、「この地震を通して、神が『試練』を与えておいでなのだ」と主張したいとは思いません。そのように主張するすべての自称「宗教者」は、被災された人々を絶望のどん底に突き落とす罪を犯しています。

ですから、私はそのように主張する者たちを神に告発します。よく考えてみましょう。「大震災は神が起こした。神は、地震によって人間に『試練』を与えようとしている」と考える自称「宗教者」は、神様も、天国も、地獄も何も信じていないのではないかとすら思います。「神は存在しますが、愛も慈悲もなく残虐な存在です。皆さんの側が神を信じればいいんです」と言っていることと同じだからです。その自称「宗教者」たちが、この世での命が尽きて神様のみもとに行ったとき、どう申し開きするのでしょうか。きっと「神様、私はあの震災の時に、あなたが『存在』することを徹底して弁護しました。『無差別に多くの人を殺すひどい神様だ』と悪評を立てたことだけはお赦(ゆる)しください」とでも申し開きするつもりなのでしょうか。冗談ではありません。

間違ってはなりません。断じて神様はそのような無慈悲なお方ではないのです。

私が信じる神様のおられる聖書の言葉に頼りたいと思います。岩村先生からお与えいただいた箇所は、「わたしは主、あなたの神。海をかきたて、波を騒がせるもの。その御名は万軍の主」でした。それより少し前を読みます。10節ではこうなっています。

海を、大いなる淵の水を、干上がらせ、深い海の底に道を開いて、贖(あがな)われた人々を通らせたのは、あなたではなかったか。(イザヤ51:10)

つまり、イザヤ書の書き手は、あのモーセの「紅海の奇跡」を意図して神様に呼び掛け、神様はその呼び掛けに答えておられるのです。

旧約の時代に、神様は「水」を使って、大きなことを2度なさいました。私たちは、その2つの「事件」を思い出さなければならないと思います。1つは先ほどの「紅海の奇跡」であり、もう1つは「ノアの箱舟」で有名な、あの「洪水」でした。

ノアは洪水が引いた後、箱舟から出てきて、神様に生けにえをささげました。その時に神様は何と言っていたでしょう。「人に対して大地を呪うことは二度とすまい」(創世記8:21)、「水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない」(同9:15)と決意なさったのです。人間をお造りになったことを後悔することはない、もう滅ぼすことはない、ということです。

神様は、すべての人間が罪人であることを知っておられます。しかし、もう二度と自然現象を用いて「無差別」に罪を問うことはなさらない。罪の責任はいずれ個々人が取ることになるのだ。そう、創世記を書いた人は考えていたのです。創世記を書いた人がこの惨状を見たら、「こんな悲惨な出来事は神様のみ業ではない。神様ならば海を分けて陸をつくり、私たちを救うはずだ。神様、今こそ、どうかお助けください」と答えるでしょう。

「十戒」を十分に注意して読んでみたいと思います。次のように始まっています。

神はこれらすべての言葉を告げられた。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」(出エジプト20:1、2)

そしてみなさんご存じの第一の戒律がこう続いているのです。

あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。(同20:3)

最初の導入と、第一の戒めの間には断ち切ってはならない重要な関係があります。導入部分により、「あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した」のが「神」であるという前提が分かります。ですから、その前提を基にして「その神以外に、他の神を持ってはならない」という戒めがあるのです。この関係を切り離して、この戒めを理解してはなりません。つまり、「海をかきたて、波を騒がせ」、絶体絶命の中でなお先に続く「道」をおつくりになるというあの「奇跡」によって、危機を打開されたのが神なのだ。そして、その神をおいて他に神があってはならない。それ以外の神の姿を語ってはならない。そういうことを、イスラエルの人たちは学んだのだということです。

そこで次の箇所に触れずにはいられません。聖パウロは「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないものはなかったはずです」(コリント一10:13)と言います。この箇所は「試練」を耐え忍ぶために、よく引き合いに出されます。しかし、良く読んでみましょう。その後、聖パウロの言葉は「わたしの愛する人たち、こういうわけですから、偶像礼拝を避けなさい」(同10:14)と続いているのです。ですから、この聖パウロが言っている「試練」とは、偶像礼拝への誘惑との戦いであり、みだらなことへの誘惑との戦いであり、神を試みることに対する誘惑との戦いであり、不平を言おうとする誘惑に対する戦いなのです。

だからこそ、私は問いたいのです。津波の悲惨な死者と共に、明々白々な「人災」である放射性物質の拡大までも、神に由来する「試練」だと「軽々しく」言って良いのかと。津波を「試練」と受け止めろ、と立場が弱い側に、神存在への弁護を押し付けるために、聖パウロの言葉を使うならば、それは被災地の感情を逆なでするものです。それどころか、人間の愚かな知恵で津波の中に「神」の存在を弁護し、神に由来しない悪魔の放射能の中に「神」の存在を見るという暴挙を働いているのです。「津波を試練と受け止めろ」という傲慢(ごうまん)な姿勢こそ、「偶像礼拝」への「誘惑」に負けた安易な姿勢だと、私は神に告発します。

聖パウロは、このような考え方を厳しく指弾しているのです。聖パウロは、この試練に耐えられなかった者たちは皆、「荒れ野」で滅んだと言っていることを忘れてはなりません。私たち教会に属する者は、神の怒りを招かないように心するべきであります。何かあれば安易に「試練」という言葉を持ち出せば済むとしたら、それは不信仰の極みです。

この地震によって、私たちは問われています。あなたの信じる神は愛の神なのか、無慈悲な神なのか、そういう「選択」です。私たちの語る神が、実存する神なのか、ただの偶像に過ぎないか、そういう選択です。私たちはどちらを選ぶべきなのでしょうか。

今回の大震災では、さまざまな人が、さまざまな葛藤の中で、大なり小なりの「犠牲」をささげています。波の中から命を救う救援隊や自衛隊の人たちもいました。多くの人々が、ボランティアで被災地に飛び出していきました。人々の間には、宗教、政治、思想などの立場を超えた助け合いの輪があります。被災した人たちは、負けそうになりながらも、くじけそうになりながらも、互いに助け合い、いたわり合っています。多くの人たちが、遠く離れた地から祈りを届けています。「日本のために祈ろう」というのはもはや合言葉のようです。「神様はあなたたち日本人と共にいてくださる」というメッセージもありました。

それでもまだ支援が行き届かない絶望があるのも事実です。しかし、どこまでも光を求めるべきであって、神の怒りを招く道を選ぶべきではありません。これらの人々の実際の「手助け」にこそ、神様の全能の「み腕」が働くのではないでしょうか。そのような祈りによってこそ、神様が自然の法則を曲げてまで奇跡を行って人々をお救いになるのではないでしょうか。そのような人々の存在を目にするたび、耳にするたびに、あの海を分けて、人を救う「全能なる神」は必ず存在すると、私は確信します。

溝田悟士

溝田悟士(みぞた・さとし)

1976年広島県生まれ。愛知大学大学院国際コミュニケーション研究科修士課程修了後、広島大学大学院総合科学研究科博士課程後期修了。オランダ・ユトレヒト大学言語学研究所客員研究員、広島大学大学院総合科学研究科研究員などを歴任。専攻はテクスト言語学・歴史学。著書に『「福音書」解読 「復活」物語の言語学』(講談社)。

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