オウム教祖の死刑から考える「カルト問題」 統一協会元信者の手記で気付かされた「私の間違い」

2018年7月6日22時52分 執筆者 : 溝田悟士 印刷
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1990年に行われた衆院選に真理党代表として立候補した当時の麻原彰晃(本名:松本智津夫)死刑囚
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オウム真理教の教祖・麻原彰晃(本名:松本智津夫)死刑囚ほか、教団元幹部6人の死刑が執行されました。私が、オウム真理教、そして「破壊的カルト」の問題を考える上で、とても重要だと考えていることを、ここで書いておこうと思います。

ちょうど地下鉄サリン事件が起こった1995年春、私は、オウム真理教の本拠地であった山梨県上九一色(かみくいしき)村にほど近い、ある大学に入学しました。その大学があったのは、人口わずか3万人の小さな山間の町です。教会はプロテスタントの教会が一軒しかありませんでした。仕方なく、遠い所属教会に毎週行くことは諦め、そのプロテスタントの教会に通うことにしました。

その教会は、脱カルト・脱統一原理闘争の最前線にいた日本基督教団の教会で、統一協会からの脱会者が脱会後のケアのためにしばらく寝泊まりしているような所でした。通ううちに、元信者の方ともとても仲良くなり、カルトからの脱会者と共に食事をし、そこにいた教団の牧師先生や、脱会者の一部の方とはとことん話し合い、時に対立し合いながらも、深い薫陶を受けることができました。このような経験を持った時期が、自分の人生の一部にあったということは、それこそ言い尽くせぬ神様からの恵みであったと思います。

さて、そんな生活を送る中で、私自身が深く反省せざるを得なくなった出来事がありました。

統一協会の元信者の方たちは、いよいよ里帰りするという時に、統一協会で使っていた書籍など必要ないものは置いていきなさい、と牧師先生に勧められます。それらの中から、資料的な価値のあるもの、役立ちそうなものをより分け、あとの不要なものは捨てられるのです。私は統一協会の資料が手元に欲しかったので、牧師先生に許可をもらって、元信者の方が置いていった荷物の中に何か資料となるものはないかと探しました。

すると箱の中にあった小さな厚紙が私の目に留まりました。何だろうと裏返してみて驚きました。私が記憶する限りでは、おおよそ次のようなことが書かれてあったのです。

私は自分自身を捨てて生きてきた。やけっぱちだった。
その結果どうにもならず自ら死を求めるくらいにまで堕(お)ちてしまっていた。
私は死のうとしてさまよっていた。
誰も来るはずのない所にUC(統一協会の略)のAさんがいた。
Aさんは私の話をすべて聞いてくれ、Aさんは自分自身を捨てないでほしい、と言ってくれた。
こんなに温かい言葉をもらったのは生まれて初めてだった。
私は自分を捨てて生きてきた。でも神は私を捨ててはおられなかったのだ。
私はAさんとそれを遣わしてくださった神の愛に触れて、ただ泣くほかなかった。
私は死のうとしていたところを生かされたことを神に感謝する。

私はこれを読んでから、「私が間違っているのかもしれない」と思うようになりました。事実「私は間違っていた」わけです。

私は「相手が統一協会の信者であるから脱会すべき」という考えを持っていました。私はそれを読んで、そのような考えを一切捨てました。

「統一協会においても正当かつ宗教的な<救い>は厳然として行われている」

これが私が得た「結論」です。

この点に気が付いたとき、その教団の牧師先生が「何のために脱会活動を続けているのか」ということも、「どんな立ち位置で活動を続けているのか」ということも「すべて」が分かった瞬間でした。

ちょうどオウム真理教の事件が起きた年でしたので、その教会にもオウム真理教についての相談が寄せられ、元信者の人が滞在していました。

私は、その牧師先生に「オウム真理教は<つぶしてもいい>のだ」と言い、きわめて強くたしなめられた経験があります。その時、その牧師先生は「カルトの信者であるからと言って、その信仰を否定してはならない」ことを、懇切丁寧に私に説いてくださいました。

「相手の信仰を否定したいのではない。そこで<救われた>事実をも否定しない。私が問題にするのは、その宗教団体が人を<だまして金品を巻き上げ、それを正当化している>からだ。時には<人を死に追い詰めて殺し>てさえもいるからだ。何を信じていてもいいが、許されないことがある。悪に加担していることを知っているなら、必死で止めなければならない。信仰は<盗むこと><殺すこと>で正しくされるのではない。皆さん、そのことを自覚してほしい。そのために脱会させるしか、彼らと対話する方法がないので、やむを得ずやっているのです」

牧師先生の脱会活動の原点は「統一協会がカルトだから」「オウム真理教がカルトだから」ではなく、「犯罪行為に加担してほしくない家族がいるから」ということだったのです。「カルトというレッテルを貼るため」に活動していたわけではないのです。

牧師先生が欲したのは、「特定の宗教団体のためなら悪事をも正当化する教義」でいっぱいのカルト信者の方に、「人としてなら当然に与えられている良心を回復してもらうこと」だったのだ、と私は考えています。

ちなみに、その牧師先生はすでに「天国」におられる故・川崎経子先生です。川崎先生は統一協会やオウム真理教からの救出活動に長年取り組まれた先生です。牧師を引退した後にも、脱会者の心のケアや社会復帰を支援するために「いのちの家」を創設し、生活を共にしながら脱会者やその家族を支え続けました。

そして、このような議論にお付き合いくださったのは、今は日本基督教団で牧師をされておいでの山本隆久先生でした。

この度、麻原死刑囚をはじめとする教団元幹部たちの死刑が執行されたことで、一つの区切りとなりました。これを読まれた皆さんには、何が「カルト」と呼ばれる団体の本質なのか、ということをあらためて考えていただきたいと思っています。

溝田悟士(みぞた・さとし)

1976年広島県生まれ。愛知大学大学院国際コミュニケーション研究科修士課程修了後、広島大学大学院総合科学研究科博士課程後期修了。オランダ・ユトレヒト大学言語学研究所客員研究員、広島大学大学院総合科学研究科研究員などを歴任。専攻はテクスト言語学・歴史学。著書に『「福音書」解読 「復活」物語の言語学』(講談社)。

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