【童話】星のかけら(16)アドベンチャーに出発・その2 和泉糸子

2016年12月14日02時38分 コラムニスト : 和泉糸子 印刷
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翌日、カンサイさんと那美(なみ)さんは小人の3人組を連れておチカさんの所に行きました。民宿のおじさんが3人組を鉱山資料館(こうざんしりょうかん)に連れて行ってくれると約束してくれたので、別行動を取ることになりました。

ユキトが巨人(きょじん)伝説や小人の伝説を調べていて、1本足で1つ目の大男の伝説が和歌山県(わかやまけん)にあると聞いたけど、と話したところ、「1本ダタラのことかのう、1つタタラいう人もおるけど、タタラいうのはもともと、ふいごで吹いて鉄を作っていた人のことを言っておったんやけど、それが妖怪(ようかい)のようになってしもうた、そういう話はたしかにある」。

鉄じゃないけど、と言っておじさんは鉱山資料館の話をしてくれました。ちょっと不便な場所だから車じゃないといけないので、連れて行ってあげようかと言われて、お願いしますとたのんだのでした。

熊野市(くまのし)紀和(きわ)鉱山資料館という名前の資料館でした。小学生は100円の入館料で、鉱山の歴史がよく分かる展示(てんじ)がされていました。「ここに銅山(どうざん)があったんだね」と言いながら外に出ると、選鉱場(せんこうじょう)のあとがあり、トロッコ電車が走っているということでした。

土地の人のように見えるおばさんがいたので、ユキトは思いきって聞いてみました。「この辺に、巨人や小人の伝説はありませんか。夏休みの自由研究で調べているのですが」

「巨人の伝説言うたら1本ダタラの話があるのう。けど小人の伝説はないよ。でも、あれ、ちょっと前にチエちゃんいう子が小人に助けてもろうたと言ってたような気がするけど」

「チエちゃんってこの近くに住んでるのですか」

「あの子はちょっと変わっているさかい、でたらめ言うてるかもしれんけど、行方不明になって心配して探してたら、翌朝1人で帰って来て、小人に道を教えてもらったなんて、わけの分らんことを言うてたけど、気にせんといて」

「もしよかったらチエちゃんの家を教えてもらえないでしょうか。伝説じゃなくても、面白そうな話だから、聞いてみたいです」

「そやなあ、だれから聞いたと言わんでほしいけど、チエちゃんの家は、ほら、そこの角のポストのある店から3軒目のところや。大野いう家や」

そのままチエちゃんの家をたずねたいところでしたが、民宿のおじさんが、帰るぞと声をかけたので、いったんは引き揚げることにして、3人組は宿に帰りました。

自由研究のテーマは三重県(みえけん)に広がり、銅山の歴史をパンフレットや写真をもとに整理していると、カンサイさんが帰ってきました。那美さんはおチカさんの家に残って手伝いをするということでした。おチカさんも80歳(さい)になり行商(ぎょうしょう)の仕事も辞めて、今は畑仕事を楽しみにしているそうです。

カンサイさんたちは小人の笛を吹いて、おチカさんの家のまわりで呼(よ)びかけてみましたが、こたえはなかったということでした。

チエちゃんの話を聞いて、明日行こうとカンサイさんが言いました。

翌日、カンサイさんの運転で、一同はふたたび鉱山資料館の近くに行きました。

チエちゃんは家にいました。おばさんが言ったように、たしかにちょっと変わった子でした。大きな目でじっと顔を見るので、ユキトはきまりが悪くなりました。

「チエのこと、みんながうそつきだって言うのよ。でもホントのこと言ってるのに。オウムのペロがいなくなったの。それで探しに行ったら、道が分からなくなって。私、いつも道をまちがえるの。どうしても覚えられないの。だから新しい場所に行くときはドキドキするし、すごく緊張(きんちょう)するの。それで帰れなくなって、暗くなってきて、泣いてたの。そいでまた歩いて、歩きくたびれて、眠くなって、少しねたのかな。のどがかわいて、でも飲む物もなくて、また、泣いたの。そしたら、だれかが、声をかけてくれたの。

それが小人さんだったの。どうしたのって聞いてくれて、道が分からなくなったって言ったら、明るくなったら教えてあげるから、今は休んでいなさいって言って、お水をくれたの。ほんの少しだったけど、元気が出たの。

その人が聞いたの。私のような小人を見なかったかって。見なかったって言ったら、そうですかって悲しそうな顔をしていたの。

そいで、明るくなったからって、後についておいでって、入り口まで案内してくれたの。でも、みんなチエちゃんは作り話をするからって、信じてくれなかったの」

「オウムのペロはどうなりましたか」ってカンサイさんが聞きました。

「ああ、ペロはもどってきたの。連れて来るね」

チエちゃんはオウムの鳥かごをかかえてもどってきました。

その時、ペロは「アルム、ミムラ」と悲しそうな声で言いました。

「ペロは時々、こんな言葉を言うようになったの。不思議でしょ」

カンサイさんは、静かな声で言いました。「ほんとに不思議な話ですね」

「ところでチエちゃん、あなたが小人に助けられたのは、いつごろのことですか」。「去年の夏、チエのお父さんが名古屋から帰って来る前だった。お父さんにもらったオウムだから、いなくなったらお父さんがっかりすると思って探しに行ったの。でも、ペロが帰って来て良かった」

「チエちゃんのお父さんは名古屋でお仕事してるの?」
「そうだよ。チエはおじいちゃんとおばあちゃんといっしょにいるの。でも2人とも今、畑に行ってる」
「お母さんは?」
「死んじゃったの」
「それじゃあ、さびしいね。また、今度遊びに来てもいいですか」
「いいよ。おじさん、いい人だから。チエ、おじさんのこと大好きだよ」

「ありがとう、小人のお話をしてくれて。ぼくはチエちゃんの話本当のことだと信じるよ」「ぼくも」「ぼくも」と、3人組も言いました。

「チエもありがとう。信じてくれてうれしい。また来てね」と、チエちゃんが明るい声で言いました。

キャンピングカーにもどると、小人の3人組が「どうだった?」と聞いてきました。

「ヒットだよ。いや、ホームランかもしれない」。カンサイさんが言いました。

「すくなくともアルム、君のお父さんは生きている。チエという子が1年前にお父さんに会った。それはたしかだ。いなくなったオウムもお父さんに会っている。アルム、ミムラってオウムが言うのを聞いた。ミムラは君のお母さんの名前。お父さんが何度も君たちの名前を呼んでいるのをオウムは聞いたんだよ」

その話を聞いたアルムの喜びようったら。涙(なみだ)をぽろぽろこぼして、ワーワー声に出して泣いた後、今度は大笑いをして、感情(かんじょう)のブレーキが利(き)かなくなって、アルムはその後、ぼんやりしていました。

カンサイさんが早速ビタエさんに報告して、アルムのお父さんが生きていることをお母さんに伝えてもらいました。しかし、問題は、どうやったらアルムのお父さんに出会えるかということでした。広い紀伊山地(きいさんち)の山の中、どこにいるのか分からない、隠(かく)れ暮らしている小人を探し出すのは、とても大変だろうと、みんなは喜びながらも思っていました。(つづく)

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和泉糸子

和泉糸子(いずみ・いとこ)

1944年生まれ、福岡市出身。1965年、福岡バプテスト教会で受洗、のちに日本基督教団の教会に転入し、Cコースで補教師試験に合格。1996年より我孫子教会担任教師、2005年より主任担任教師となり、20年間在職。現在日本基督教団隠退教師。

九州大学文学部卒業。東京都庁に勤務後、1978年より2002年まで、船橋市で夫と共にモンテッソリー教育を取り入れた幼児教育や、小中学生対象の教えない教育という、やや風変わりな私塾(レインボースクール)を運営。

童話「星のかけら」は、小学生の孫のために書いたものですが、教会学校の子どもたちが少なくなっている今、お話を通して教会や神様に少しでも出会える場が与えられればうれしいです。

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