脳性麻痺と共に生きる(17)なんだかパラリンピックが忘れられているような 有田憲一郎

2016年9月12日23時16分 コラムニスト : 有田憲一郎 印刷

先月、ブラジルのリオデジャネイロでオリンピックが行われました。開催前には、工事の遅れや治安の悪さなどが懸念され「本当に開催できるのか」といった心配する声が上がっていました。ふたを開けてみると、とても素晴らしい感動の毎日でした。

大会の始まる数週間前から、どのチャンネルをつけても「いよいよ近づいてきましたね。ワクワクしてきましたね」といったコメントが流れ、そして開幕すると、熱い熱戦が連日テレビで放送されました。

日本と12時間の時差があるリオデジャネイロの熱戦をテレビの前で釘づけになって応援し、メダルラッシュに盛り上がり、寝不足の毎日が続いた方も多いのではないでしょうか。僕もその1人です。

オリンピックが閉幕し、日本選手団が帰国すると、報告会が行われたりテレビで特別番組が組まれたりして、選手の方々も休む暇なく日本中が興奮し、感動の余韻を楽しみ、ゆっくりと味わっているのかもしれません。

オリンピックが終わると、数週間後にパラリンピックが行われます。そして、今まさに障碍(しょうがい)を持つアスリートたちの熱き戦いが繰り広げられています。

「障碍」といってもさまざまな障碍があり、同じ障碍でも人それぞれに程度も違いますので、種目ごとに同じ障碍の程度同士が競えるように、ルールに沿って細かくクラス分けがされ、競技が行われます。

以前、脳性麻痺の僕も「ボッチャ」という、ジャックボール(目標球)と呼ばれる白いボールに青と赤のボールをそれぞれ6球ずつ投げ合い、より白いボールに近い方が勝ちといった競技や、電動車いすの前部分にフットガード(バンパー)を取り付け、直径約30センチの大きいボールを転がし、男女混合4人制の20分ハーフで行う「電動車いすサッカー」や、ポールが立てられている30メートルの距離の決められたコースを電動車いすで走りタイムを競う「電動車いすスラローム」という障碍者スポーツをやっていた時期がありました。

僕は「大会に出場して優勝しよう」などというようなことでもなく、趣味程度にかじっていたぐらいでした。しかし、いざ競技を行えば本気モードで迫力満点のスポーツ。見ている者をハラハラドキドキ驚かせてしまうようなスリルを感じさせる競技です。

皆さんは障碍者スポーツというものをご覧になられたことはあるでしょうか。そして、パラリンピックをご覧になられたことがあるという方は、どれぐらいおられるでしょうか。多彩なスポーツの中で、「障碍者がやっているとは思えない」といったような白熱した興奮する戦いを見せてくれ、健常者も顔負けといったエキサイティングな素晴らしい選手の皆さんと競技種目が多くあります。

オリンピックは、テレビやラジオで連日連夜放送されていましたが、パラリンピックとなるとテレビなどの放送はグンと減り、ほとんど放送されないのが現実です。大会期間中には、NHKが30分程度の短い番組を組んでパラリンピック番組を放送しています。

しかし、残念なことに民放などでは、ほとんど番組として組まれることもなく、話題にもされないままです。パラリンピックのことに触れられる機会となるのは、ワイドショーやニュースだけ。しかも競技の内容と結果だけが放送され、数分程度で終わってしまうことがほとんどでしょう。

このことに少し寂しさを感じてしまいます。どうして、パラリンピックは放送されないのか。そこには、関心の低さが関係していると思います。

オリンピックで燃えた多くの方々は、パラリンピックには関心や興味がないのでしょうか。

障碍者も健常者と同じようにオリンピックを見るのが楽しみで、日本の選手や外国の選手、好きな競技を応援したりして、「すごいや。素晴らしい」と熱戦を見て興奮し、多くの感動をもらっています。

しかし、どうしてパラリンピックは大々的に広く取り上げられず、テレビなどで放送されないのでしょう。僕はいつも残念でなりません。

それは、健常者中心に動いている社会という現実と関係しているのかもしれません。テレビは視聴率というものを気にするようです。そして、世の中の流行や関心度などで番組が構成されているのでしょう。そこでは、ほとんどが健常者の目線で物事が考えられているのではないでしょうか。

僕はオリンピックのようにまでとは言わないにせよ、「もう少し大きく取り上げられて放送してもいいのではないだろうか」という思いや願いがあります。

パラリンピックは、オリンピックとまた違った感動があります。世界のさまざまな障碍を持つアスリートたちが、もちろん真剣勝負で戦い、その戦う姿を見れば、健常者も顔負けの迫力のプレーが続出です。

肢体不自由の車いすバスケや車いすテニス、また視覚障碍のゴールボールやブラインドサッカー、さらには肢体不自由・視覚障碍・知的障碍の水泳や陸上競技などが行われ、どれをとっても見応え十分の魅力たっぷりの競技が続々と出てきます。それこそ一度見たら、きっとその迫力に驚き圧倒され、その魅力に引き込まれると思います。

僕はパラリンピックを通して、勇気と感動と希望を頂いています。「どんなに障碍があろうと、やる気さえあれば何でもできる」。それは、スポーツだけではありません。自分の興味や関心があることで「やりたいけど、難しいよな」と簡単に諦めてしまうとき、「努力して頑張れば、きっとできるようになる」と前向きに導いてくれるのです。

障碍別に行われる走り幅跳びや砲丸投げなど、「すごい!」と興奮してしまう、目が離せない競技ばかりなので、ぜひご家族でパラリンピックを応援してみてはいかがでしょうか。

毎回、僕は思っています。「オリンピックだけではなく、パラリンピックももっと当たり前のように普通に大きく取り上げられてほしい」と。そして、「民放のテレビなどでも、1つの番組として放送されるようになってくれたらいいな」という願いがあります。

障碍の有る無しに関わらず、多くの人が自然にパラリンピックを見て楽しみ、感動し、特別なものではなく身近に感じてもらえるのではないだろうかと思います。そして、障碍者の存在を身近に感じてもらい、それらをきっかけに一人一人が何かを感じ、障碍者と健常者が本当の意味で共存し合い、助け合い、共に生き、共に歩んでいくことができる社会を考え、もっともっと大きく、誰もが暮らしやすい当たり前の社会づくり、町づくりの実現へと動き出すことにもつながっていくのではないでしょうか。

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有田憲一郎

有田憲一郎(ありた・けんいちろう)

1971年東京生まれ。72年脳性麻痺(まひ)と診断される。89年東京都立大泉養護学校高等部卒業。画家はらみちを氏との出会いで絵心を学び、カメラに魅力を感じ独学で写真も始める。タイプアートコンテスト東京都知事賞受賞(83年)、東京都障害者総合美術展写真の部入選(93年)。個展、写真展を仙台や東京などで開催し、2004年にはバングラデシュで障碍(しょうがい)を持つ仲間と共に展示会も開催した。05年に芸術・創作活動の場として「Zinno Art Design」設立。これまでにバングラデシュを4回訪問している。そこでテゼに出会い、最近のテゼ・アジア大会(インド07年・フィリピン10年・韓国13年)には毎回参加している。日本基督教団東北教区センター「エマオ」内の仙台青年学生センターでクラス「共に生きる~オアシス有田~」を担当(10〜14年)。著書に『有田憲一郎バングラデシュ夢紀行』(10年、自主出版)。月刊誌『スピリチュアリティー』(11年9・10月号、一麦出版社)で連載を執筆。15年から東京在住。フェイスブックブログ「アリタワールド」でもメッセージを発信している。

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