脳性麻痺と共に生きる(11)僕の最終学力 有田憲一郎

2016年5月21日20時42分 コラムニスト : 有田憲一郎 印刷
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足の手術が終わり、入院生活で身に付け始めた自分の意志というものを両親が尊重してくれ、僕は整肢療護園(現在の心身障害児総合医療療育センター)を退院することになりました。

「退院したら北養護学校(現在の特別支援学校)に通う」と思っていました。当時のクラスメートや担任だった先生たちもそのように思い、入院前のお別れ会では「退院して戻って来たら、また一緒にたくさん遊んで勉強しようね。頑張ってきてね。待ってるよ」、そんな言葉で送ってもらったことを記憶の片隅で覚えています。

ところが、退院した年に東京都で新たに大泉養護学校が開校することになっていました。新たな養護学校の開校に伴い学区域の変更などが行われ、僕は北養護学校ではなく大泉養護学校に通うことになったのです。

新校舎は建築中で、僕の新たな学校生活は小さなプレハブ校舎から始まりました。障碍(しょうがい)児教育の完全義務教育がスタートして最初に建てられた養護学校ということもあり、大泉養護学校はモデル校に指定され、障碍児教育の新たな模索と取り組みがされていきました。

養護学校ではどんな内容でどんな授業が行われているのか、あまりご存じのない方も多いのではないでしょうか。学力はもとより、その子の障碍や能力、スピードなどに合わせ、その子の持っている個性を伸ばしながら、その子が生きていくために必要とされる内容に応じた学習が行われています。

僕が通っていた養護学校は肢体不自由児養護学校といい、体に障碍を持った子どもたちが通い、必要な教育を受ける学び舎です。クラスの人数も少なく平均12人程度、そして、1人の先生が2、3人の児童や生徒を受け持ち、1クラスを5、6人の先生方で担当されていました。

「できるだけ学びの時間を増やし、学習できる環境にし、多くのことを学ばせよう」と普通校と同じような国語や算数、理科、社会、図工、音楽、体育など、教科ごとに行う従来の学校のスタイルで授業が行われていました。それは、義務教育が始まって数年たった当時、画期的なことだったように思います。

一言に「肢体不自由」といっても、一人一人障碍の程度や性格などは違いますし、障碍によって学習能力や理解力も大きく違ってきます。

普通校では、同じ学年が同じクラスで同じ内容の授業を受けていると思います。しかし、養護学校では学年ごとではなく、その子の学習能力や必要な学習内容などによってグループに分けられ、グループごとにその子に合った学習内容で授業が行われています。

例えば、4年生から6年生の中で、その子に合った学習のできる四つ程度のグループに分けられます。また科目によって、その子のレベルや障碍などに応じ、例えば「国語は3年生ぐらいのレベルになっているけれど、算数は1年生のレベルだ」というように、先生方がグループ分けをし、その子に必要な内容の授業を行っているのです。

僕は、小学4年生から高等部を卒業するまで日記を付けていました。自分の意志で始めたものではなく、担任の先生に「毎日、先生と交換日記をしよう」と言われて始めたものでした。

その頃の僕は、作文どころか1行の文章すら全く書くことができないでいて、そんな僕に「何とか文章を書く力と表現力を身に付けさせよう」という先生の狙いがあったのでしょう。1日の出来事、たった一言。それすら書けず、自分で感じたことや考えたこと、思ったことなども書くことができなかった僕がいました。

「憲ちゃん。難しく考えなくていいんだよ。短くていい。何でもいいんだよ。書くことが勉強なんだから」。先生にそう言われても、なかなか書くことができなかったのです。

手で文字が書けない僕は当時、電動のタイプライターを使っていました。タイプライターの前に座って数時間。ようやく書いた日記の内容は、ひらがなで日付と天気と「たのしかった」という一言。書けたとしても20文字や長くて100文字を書くのが精いっぱいでした。

現在ではパソコンが普及し、文字を書くことが困難な障碍を持った人にとって便利な時代になりましたが、当時は障碍のある人用の電動仮名タイプライターを使っていました。そして中学生になり、電動和文タイプライターを使い始めました。

最初僕は、文章を書くことが目的ではなく、手や指の機能回復訓練の一つとしてタイプライターを使い、簡単な絵や模様を描くタイプアートを行う目的で練習に使っていたという記憶があります。しかし、言葉をうまく話せなかった僕に「タイプライターを使って自分の気持ちや意志を伝えられるようになれば」という両親や先生の思いがあったと思います。

そんな思いとは裏腹に僕は、先生に「交換日記をしよう」と言われるまで、タイプライターで文章を書くことや勉強をすることなど、本来の使い方をほとんどしていなかった気がします。

「毎日、日記を書く」。それが宿題の一つでした。日記を付けて先生に提出すれば、赤ペンで返事と花丸を書いてくれます。家に帰り、先生が書いてくれた返事と花丸を見るのが楽しみでした。

でも、日記を書いていかない日が続いたこともよくありました。朝、学校に行くと「おはよう」、そう言って先生が僕のカバンから日記帳のファイルを取り出します。「今日は、何が書いてあるかな」と先生が日記を見るのですが、白紙で何も書いてありません。

そんな日には「コラ!何で書いてこない!」とファイルで頭を叩かれ、げんこつが飛んできて叱られていました。何十回、何百回と先生に怒られげんこつをもらっても、僕は日記を書くことや作文を書くことができませんでした。

「どうして、あんなに書けなかったんだろう」。自分で不思議に思います。当時のことを振り返ると、自分が思ったり感じたりしたことを文字で表現するということができず、また「立派な文章を書かないと」などと想像以上に文章を書くことを硬く考え、自分の中でやたらと難しく捉えてしまっていたように思います。

高校生の初めの頃だったと思います。全く文章が書けない僕は、両親からこう言われたことがあります。「難しく考えるな。格好いいこと書こうなんて思わないで、いつも憲がしゃべっているような感じで、お前のしゃべり言葉で書けばいいんだ」。すると、今まで書けないでいた日記や作文が徐々に書けるようになっていったのです。

中学生の時、僕は担任だった先生からある教えをいただきました。「確かにお前は、体に障碍を持っている。しかし、頭は健常そのものだ。だからお前は、頭(知恵)を使って頭で勝負し、人を動かして、社会のために働き貢献していけるような人になりなさい」と。

その当時は、この言葉に秘められた意味を深く考えなかったと思いますが、年を重ねていくごとに、教えの意味の深さと重みを感じるようになり、この教えを思い出しながら活動をしています。

こうして僕は、養護学校を卒業しました。卒業し社会に出れば「高等部を卒業しているから、それなりの教養(学力)はあるよね」、そう思われます。しかし、高等部を卒業するまでに身に付けることができた最終学力は、小学校の3年生か4年生のレベルぐらいしかありません。

算数で言うと、割り算ができて分数や小数点、図形の求め方が何とかできる程度で、国語力も弱く、小学校2、3年生の漢字が読めるか読めないかのレベルだったように思います。

卒業の日、「これで勉強しなくてもいいんだ」と喜ぶように学び舎を後にしたことを覚えています。しかし、それは大きな間違いでした。

卒業して社会に出た僕は、学力がないことで想像していなかったようなさまざまな恥をかき、失敗をし、苦労を味わいながら厳しい現実社会と向き合うことになっていくのです。

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有田憲一郎

有田憲一郎(ありた・けんいちろう)

1971年東京生まれ。72年脳性麻痺(まひ)と診断される。89年東京都立大泉養護学校高等部卒業。画家はらみちを氏との出会いで絵心を学び、カメラに魅力を感じ独学で写真も始める。タイプアートコンテスト東京都知事賞受賞(83年)、東京都障害者総合美術展写真の部入選(93年)。個展、写真展を仙台や東京などで開催し、2004年にはバングラデシュで障碍(しょうがい)を持つ仲間と共に展示会も開催した。05年に芸術・創作活動の場として「Zinno Art Design」設立。これまでにバングラデシュを4回訪問している。そこでテゼに出会い、最近のテゼ・アジア大会(インド07年・フィリピン10年・韓国13年)には毎回参加している。日本基督教団東北教区センター「エマオ」内の仙台青年学生センターでクラス「共に生きる~オアシス有田~」を担当(10〜14年)。著書に『有田憲一郎バングラデシュ夢紀行』(10年、自主出版)。月刊誌『スピリチュアリティー』(11年9・10月号、一麦出版社)で連載を執筆。15年から東京在住。フェイスブックブログ「アリタワールド」でもメッセージを発信している。

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