三位一体の神様(1)初めに 山崎純二

2016年3月10日11時21分 コラムニスト : 山崎純二 印刷
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2015年10月14日付の本紙記事において「なぜ三位一体は理解しづらいのか?」という非常に興味深い記事がありました。

要約すると、三位一体を説明しようと試みるさまざまな「例え」は、間違いであるか不十分であり、多分にミスリードする要素を含んでおり、下手をすると異端的な解釈となってしまうというものです。

この記事においては、以下の四つの代表的な「例え」が紹介されていました。

三位一体なる神とは、

① 氷、液体の水、水蒸気という水の三態のようだ。
② 殻、卵白、卵黄という卵の三つの部分のようだ。
③ 三つの部分があって一つの本体という、三つ葉のクローバーのようだ。
④ 父、息子、夫という三つの役割を持つ男性のようだ。

②と③は似たような例えで、父・子・聖霊が唯一神の各パーツのように捉えられてしまうパーシャリズムであり、「三位一体が神の一部分にすぎず、全てが集まったときにのみ全き神となると考えるようになる。間違いだ」とこの記事において結論付けられています。

④は、あくまで一つの人格が「父、息子、夫」という三つの役割を持っているだけで、三つの人格(位格、ペルソナ)を有する三位一体の神を十分に説明しきれていないとしています。

①の「氷・水・水蒸気」の例えは、私が幼い頃からクリスチャンでしたので、卵の「例え」と共に最も頻繁に耳にした例えですが、父が子となり、子が聖霊となるという、様態(ようたい)論であり、2世紀の終わりにサベリウスによって説かれたものですが、3世紀には正統派キリスト教によって異端と結論付けられたものです。

なんと、これらなじみのあるどの「例え」も、間違いか不十分であるか異端的だというのです。では、そもそも誰にもきちんと説明できない「三位一体なる神」は非理性的で「眉つば」的な、存在を否定されるべき神なのでしょうか?(知識人の中には、このようなキリスト教批判をされる方が少なくありません)

もしくは、「聖書には三位一体という用語は一度も使われておらず、それはキリスト教神学者たちの『造語』であり、聖書的でなく、唯一神はユダヤ教やイスラム教が主張するように一つの人格(位格・ペルソナ)のみを有しているのだ」という見解の方が正しいのでしょうか?

「否(いな)・否(いな)・否(いな)!!」です。

確かに、三位一体という用語は聖書には一度も登場しませんし、神学者たちの『造語』であるという点は正しいのですが、「父子聖霊」がそれぞれ独立した人格(位格、ペルソナ)を有している神ご自身であることは、福音書を中心に明記されている聖書的なことです。

今回の記事は、難解な内容を平易な文章でユーモアを交えて書かれており、非常に良くまとめられたものでして、ぜひ皆様にも再度そちらを読んでいただきたいのですが、結論としては「三位一体については、完全には人には理解しがたいものだ」となっています。

しかし、それでは、キリスト教界外の方々から前述のような批判を受けてしまうのもやむを得ないこととなってしまいますし、それらの批判が新たにクリスチャンになろうとする方々の障害になってしまいます。そこで今回「三位一体」に関する新たな連載を書かせていただこうと決意しました。

もちろん、私にしてもあまりに偉大なる神様ご自身を完璧に説明できるとは思っていませんが、ひたすら聖書に立ち返れば、少なくとも冒頭に示したような既存の「例え」よりは、理解を深めることができることが分かっています。

「ひたすら聖書に立ち返れば」というのがポイントです。よくよく見ると冒頭の「例え」は、どれ一つ「聖書で聖書を解く」ということになっていません。全て人間的な発想で「水だ」「卵だ」「三つ葉のクローバーだ」と連想しているだけで、どの説にも聖書の箇所が一箇所も引用されていないのです。

そこで「ひたすら聖書に立ち返り」三位一体なる神様に肉薄するよう努めたいのですが、ただ一つ懸念があるとすれば、皆様が「三位一体なる神ご自身」に興味を持っていただけるかという点です。

私たちは往々にして神様ご自身よりも、神様を信じることによって「救われる自分」「癒やされる自分」「祝福される自分」のみに注目しがちです。

私たちが自己にのみ関心を持つというのは、ある程度致し方ないことなのですが、大恋愛の中にいる恋人同士が自己の寝食も忘れて、相手のことばかりを考えるように、あなたを愛してやまない神様ご自身に対して、深い興味を持っていただければと思います。

私は単なる神学論争や聖書の釈義をしたいのではありません。ダビデが「いのちの日の限り、主の家に住み、主の麗しさを仰ぎ見、主に対して思いふけりたい」という一つのことだけを主に願ったように(詩編27:4)、神様を愛する皆様と共に「父・子・聖霊なる神様」だけを仰ぎ見、その方ご自身に対してひたすら「思いふけり」その神様の満ち満ちた関係の中に皆様と共に招き入れられたいのです(Ⅰヨハネ1:3)。

これまで、「神の存在証明」と「律法と福音」という二つの連載を本紙において書かせていただきましたが、今回は「三位一体の神様」という大テーマについて以下のような聖書的なテーマをつないで連載をしていきますので、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

「聖書の解き方」「複数の人格(位格)からなる一体なる存在」「夫婦の神秘」「キリストの肢体」「何が3か」「いかに一体なのか」「結びの帯なる愛」「エホバの証人の解釈」「イスラム教の解釈」「偉大な父」「子も知らないことを知っておられる父」「子を愛される父」「父の思いをくむ子」「悲しまれる聖霊」「父の言葉のみを語る子」「子の言葉を思い起こさせる聖霊」「全てのものより先に生まれた方」「神の御名」「父子聖霊の親しき交わり」

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山崎純二

山崎純二(やまざき・じゅんじ)

1978年横浜生まれ。東洋大学経済学部卒業、成均館大学語学堂(ソウル)上級修了、JTJ宣教神学校卒業、Nyack collage-ATS M.div(NY)休学中。米国ではクイーンズ栄光教会に伝道師として従事。その他、自身のブログや書籍、各種メディアを通して不動産関連情報、韓国語関連情報、キリスト教関連情報を提供。著作『二十代、派遣社員、マイホーム4件買いました』(パル出版)、『ルツ記 聖書の中のシンデレラストーリー(Kindle版)』(トライリンガル出版)他。本名、山崎順。ツイッターでも情報を発信している。

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