日本の福音宣教を考える 岡田武夫東京大司教と比較文学史家の竹下節子氏が対談(3)

2014年12月2日23時58分 記者 : 廣末智子 印刷

一方、岡田大司教は戦後の日本の宣教の歩みを、「ちょうど今から30年前の1984年、宣教について、日本のカトリック教会で大論争がありました。どうやって信者数を増やすかという悩みと、いや数の問題ではない、問題はどうやってキリストの精神を伝えるかだ、という意見が相まって喧々諤々(けんけんがくがく)と議論がなされました」と回想。「ただ、カトリックの持つ2千年の歴史を無視して新しいことを始めるということもできない。この間、日本でも優れた宣教者が与えられた場所で、精一杯イエス・キリストの弟子として働いてきましたが、どんなに努力してもある程度以上は信者数が増えない。もちろん増えてはいますが、聖職者はたやすい仕事ではない」と苦しい胸中も吐露した。

「病院という言葉は英語でホスピタルであり、まさにキリスト教が起源であることが読み取れる。だが日本ではそうはいかない。日本の教会でも『最も小さい人にしたことは私にしたことである』というキリストの教えを実践してきたという自信はあるが、日本でカトリック信者になるということはやはり難しい」と繰り返した。

日本の福音宣教を考える 岡田武夫東京大司教と比較文学史家の竹下節子氏が対談(3)
対談に熱心に耳を傾け、日本とフランスの類似点や宣教の違いについて考える信徒ら

竹下氏によると、フランスでは、公立校では教理を教えないが、学校が休みになる毎週木曜日には教区のカテキズムを受ける、“公教分離”が長く続いた。これに伴い、1960年代辺りまでは80%の子どもがカテキズムを受けていたという。もっともその後、団塊の世代が自分たちの子どもにはカテキズムを受けさせなくなり、イデオロギーとしての無神論が生まれた。

そして80年代にはカテキズムを受けた子どもは半数を切り、88年には学校における宗教教育を見直そうという動きが起きた。その背景にはやはり、「人間として基本となる生き方の軸が小さい時に刷り込まれていない」ことがあると考えられ、そうした子どもたちが思春期を迎え、自分の人生とは何かと考え始めたとき、「超上主義や原理主義、カルトにはまる恐れがある。人生の途中でそういうものに出会ったとき、免疫がない分、それに巻き込まれるケースが問題となった」という。そこで90年代に入ってからはカトリック、プロテスタントをはじめ、ユダヤ教、イスラム教などさまざまな宗教のルーツを探る形で、学校での授業を再開する流れが生まれたのだそうだ。

思春期を迎えて子どもたちがさまざまな問題を抱える傾向について、竹下氏は「日本とフランスはとても似ていると思う」と指摘。「日本でも古くは、子どもは7歳まで神様から預かっているんだといった意識があったはずです。ところが今はお宮詣りや七五三などは習慣として残っていても、通過儀礼としての霊性は失われている。もとあった精神は失われています。ひな祭りもクリスマスもぜんぶ一緒。このことに日本人が危機意識を持っていないのには驚きます」と問題提起した。

さらに日本に帰国する度に感じることとして竹下氏は、「人々の関心が食べ物やダイエットやアンチエイジングやサプリメントと、自分自身のためだけであることに驚く」と続け、「そこには他者のため、という視点がない。全て自分の生活のため、自分の生活をいかに快適にするか、今だけ、金だけ、自分だけ、のように思えます」と警鐘を鳴らした。

もっとも竹下氏によると、「インテリで左翼の無神論者も多い」のもフランス革命以来のフランスの伝統になっているという。初聖体を受けるとそのまま教会を離れる人と、それでもどこかに霊性を求めたいという人がおり、(日本の尼についての資料を探していた)竹下氏の義妹は、チベット仏教にそれを求めた。彼女はカトリックの洗礼を取り消してもらった上で仏教に改宗したが、それに対して家族は何も言わずに彼女を応援したという。

「それでもやはり、フランスで仏教というのはマイノリティー。日本で私の家は浄土真宗だったけれども父が亡くなって初めてお寺を探したという程度の、日本ではマジョリティーの中で暮らしてきたので、義妹を通してマイノリティーの共同体というものを初めて知り、その誠実さに感銘しました。けれどもその一方で、一つ間違ったら救いを求めてカルト教団などに巻き込まれてしまってもおかしくないという危うさも感じました」とここでも危惧を口にした。

日本の福音宣教を考える 岡田武夫東京大司教と比較文学史家の竹下節子氏が対談(3)
閉会に際し、参加者全員が「司祭のための祈り」を唱和した。

最後に竹下氏は、日本での宣教の難しさについて、「やはり宣教していく側の努力次第と思う。聖書についても神学的に誤りであるかないかを基準に訳すのでなく、各宗派や共同体の垣根を超え、どうやったら伝わるかということに主眼を置くべきだ。仏教の経典は言葉の意味も何も分からずとも何とはなしに日本化してきている。日本人であることと、キリスト教的な生き方をすることは何ら矛盾しないと伝えるのが福音宣教ではないか」と提言した。

岡田大司教もこれに深くうなずき、「待降節を迎え、新しい典礼暦に入るのを機に、司教や司祭だけでなく、信徒一人ひとりがそうした姿勢を取り入れていきたい」と締めくくり、参加者全員で司祭職を志す人々に堅固な意志を、選ばれた司祭たちには尊い使命を全うする恵みを神に請う「司祭のための祈り」を唱和して閉会した。

岡田武夫(おかだ・たけお):カトリック東京大司教。1973年カトリック東京教区司祭となる。1991年浦和教区(現さいたま教区)司教、2000年東京大司教に任命され現在に至る。73歳。

竹下節子(たけした・せつこ):東京大学大学院比較文化修士課程修了。同博士課程、パリ大学博士課程を経て、高等研究所でカトリック史、エゾテリズム史を修める。比較文学史家・バロック音楽奏者。フランス在住。『ユダ—烙印された負の符号の必性史』(中央口論新社)など著書多数。2014年8月より『カトリック生活』にて「カトリック・サプリ」を連載中。63歳。

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